いい日,旅立ち,あとの祭り。[6]
【思い出に逢いに行く rhapsody in yokohama】2005/09/04
JR横浜駅から僕はMさんに電話をした。
なぜ、今さら会う必要があったのか? そこには「ヤケボックイに火」などという甘っちょろい思いなどはこれっぽっちもなかった。それなのになぜ…。
◆ ◆
2週間ほど前になるだろうか。彼女から突然電話をもらったのである。平日の夜、つまり営業中である。
驚いた。実は彼女から電話をもらうこと自体珍しいことなのである。昔、交際していた頃、電話をかけるのはもっぱら僕からだった。10年間付き合っていて彼女から電話をもらったのは、たぶん10回程度ではないだろうか。つまり年に1回程度。それに比べて僕は1年365日、700回以上電話していた思う。
そんな電話嫌いな彼女が・・・何かあったのか?
「珍しいねえ。電話くれるなんて」
「今、大丈夫? 忙しくない?」
「大丈夫。今ひと息ついたところだから」
「暑中お見舞いのハガキ、ありがとう。今度、東京に来るんだって?」
「そう。大学の同窓会があってね。ひさしぶりにみんなに会おうかなって。みんなオヤジやオバサンになっちゃってんだろうな。君もそう?(笑)」
「そうよ。もうオバサン。ところでさあ、bar伊藤のホームページを会社のパソコンで開こうとしたんだけど、どうしても巧く開けないのよね」
「変だなあ。もしかして、会社側で何か仕組んでいるんじゃない? 私用しないようにって。だったらYahoo!かなにかでbar伊藤を検索してみて。たぶん僕んところをリンクしているお店があるはずだから、そこから入り込んだらどう? あんまりパソコンのことよくわからないけど、試してみてよ」
「うん。わかった。やってみる」
「ねえ。それだけのことで電話してきたの?」
「・・・うん。・・・ ・・・。」
「それだけじゃないだろ。何かあったの?」
「どうして?」
「だって、君から電話かけてくるなんて珍しいじゃん。昔から君はかけてこない人だったから」
「・・・ ・・・」
「泣いてるのか? どうした? あっ、お酒飲んでるだろ!」
「へへ、うん。・・・」
「オマエ、お酒飲むとすぐ泣くからなあ」
「グスグス・・・。ん、もういい。ゴメンナサイ」
「大丈夫かよ?」
「大丈夫!」
随分前のことだが、僕が熊本に都落ちして1年くらいした頃だったと思う。同じような電話を彼女からもらったことがあった。やはり、泣きそうな声で「熊本へ行っていい?」という内容だった。その時、僕はうなずけなかった。その半年後に会いに行った。
「どうした。元気ないぞ。9月にそっちへ行くからその時会おう? 食事でもしようか。どこがいいかな? そうそうスペイン料理屋はどう?」
「良かった。そのお店だったらまだやってるわ。昔一緒に行ってたお店が次々つぶれてしまっちゃったから」
「そうだよな。もう10年以上になるからね。閉めてなくて良かった」
そのスペイン料理店は僕らのお気に入りのお店だった。当時儲かっていたのだろう。お店のまん前にバールまでこしらえたほどだ。今は東京・目黒にも出来たとか・・・。
タパスがとても美味しく、ハモーン・セラーノや、うなぎの稚魚のビルバオ風(これはタパスじゃないかもかも?まっ、いいか)など食べながらワインを飲んで楽しい時間を過ごした。いつも二人でワインは2本以上。お店の人も驚いていたな。
再会の約束をした僕は、営業中ということもあって電話を切った。しかし、少しだけ不安もあった。もしかしたら・・・そんな予感がどこかにあった。
◆ ◆
プルルルル・・・コールが4回鳴った時、彼女は電話に出た。
「伊藤です。一泊の同窓会が終わって、今横浜に来てるんだけど」
「そうなの。ご苦労様。・・・」
嫌な予感。話しぶりにどうも元気がない。
「どうした? 元気ないね」
「実は3週間ほどずっと体調が悪くて。ずっと熱が下がらないの・・・」
「風邪か?」
「かも知れない。病院にも行ってないの」
「どうして・・・」と言ったところで、僕は言葉を止めた。それ以上聞く気にはなれなかった。答えは予想できた。
「それじゃ、会えないなあ。明日は仕事だろ? 行けるのか?」
「サラリーマンだもん。行かなくちゃ」
「わかった。それじゃ会うのはやめよう。俺が行って看病すると言っても、君のことだから断るだろうし」
「うん」
昔からそうだった。何でも一人でどうにかしようとする人だった。たぶん僕と別れた後も、いろんなことにぶつかっても他人には頼らないで生きてきたんだろう。
“私は自分が一番好きなの。だから他の人の面倒までみられない。一人で生きていく”
10年前、別れ際に聞いた彼女の言葉だ。
そんな彼女だから。泣きながら電話してきた時、これは会うべきだと感じ、僕は今回の旅の途中で会う予定を入れたのだった。
「それじゃあ。またな」
「本当にごめんなさい。お元気で」
病の床からの、か細く泣きそうな彼女の声。僕は電話を切った。その瞬間、彼女の意思を無視して見舞いに行こうかとも考えた。だが、やめた。もう、これ以上・・・。僕は乗るはずの電車をやり過ごし、反対方向の東京駅へと向かった。
そんな僕をよそに、眩しいほどの真っ青な九月の横浜。額をしたたり落ちる汗はいつのまにか涙に変わっていた。
言い出せないことを、聞き出せもせずに・・・










