いい日、旅立ち、あとの祭り。[1]
【怒涛の同窓会 in 神奈川県三浦海岸/待ち合わせは炎天下】2005/09/03
それは25年ぶりのオヤジとおばさんたちの待ち合わせから始まった。
午前11時30分。横浜駅西口、高島屋前。僕らは待ち合わせをした。「この頭とヒゲと顔を見てわかるだおうか?」そんな不安を抱いて僕は待ち合わせ場所へと向かった。きょろきょろ見回す必要なく、その3人組が仲間だとわかった。みんな変わってはいなかった。
「よお~っ!」
「わぁー!伊藤クーン。ひさしぶりぃ…」
そんな当然な返事を期待していた僕が間違いだった。
「あらぁ、来てたの?」…だった。
僕らは最後の一人、ドライバー役の仲間を待って時間をつぶした。やがて、登場。
「わりィ、わりィ。クルマが混んじまってサァー! ったく、もう」
相変わらずのしゃべり方。Nちゃんだ。しかし、風貌は彼女が一番変わっていた。失礼を承知で言わせてもらうと、いわゆるオバサンしていた。聞けば、もうアバサンではなく“おばあちゃん”になったという。46歳で。娘が19歳で子供を産んだそうだ。孫を抱いても、ややもすると歳のいった母親と赤子だと間違われると自慢気に話していた。「おっぱい飲ませてみようかとも思ったんだけどサァ」と、なんとも彼女らしい。
みんな子供も大きくなり、上は25歳、小さい子でも10代半ば。手も離れ、やっと自分の時間を楽しめる環境になったということで昨年からこの同窓会は始まった。
しかし、正午近くの高島屋デパートの正面玄関前は、九月の残暑も厳しく、同じように待ち合わせをしている人たちは建物の影に非難して待ち人している。というのに、この50才に片手がかかろうとしているオジン・オバンたちは、炎天下の中で「ねえ、聞いたぁ! それがさぁ~」「でも、横浜なんて何年ぶりかしら。田舎に引っ込んじゃって、街って賑やかよね…なんて井戸端世間話に花を咲かせている。額には大粒の汗。ハンカチでしきりにそのしたたり落ちる汗を拭きながら猛暑をものともしない。やはり、母は強し!である。ちなみに男は、この場には僕だけだった。
そろそろ出発しようか、と誰かが言った。そうね、そうねと皆うなづく。クルマへといそいそ向かう集団。ドアを開ける。ボワ~と中から溶岩のように流れ出す熱気。TOYOTA IPSAMの照り焼きが僕らを待っていた。
噴き出す汗に眉をしかめながらも世間話の続きをしながら乗車。レッツ・ゴー! 僕が調子こいて言うと車内はシーン。「オヤジだっつーの!」とNちゃんになじられ、消沈する僕にかまわず急発進。いきなり飛び出したせいで前の車とぶつかりそうになった。
「マジかよ! ここで事故ったらシャレになんないぜ!」
「大丈夫だっつーの! あっちが突っ込んできたんだから」
「そうそう。どなられる前に、こっちがどなりゃいいんだから」
強引にマイ・ウェイである。とほほ…。
向かう先は神奈川県の三浦海岸。25年ぶりの再会。新日本研究会同窓会一泊コンパ合宿は、こうして始まった。




