itochan room
[ bar伊藤 ] - 熊本市上通町11-6 エイブル並木坂ビル3F  [ TEL.FAX ] 096-323-8688
[ 営業時間 ] - 19:00 ~ 翌2:00  [ 定休日 ] - 日曜日

2006/10/31

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 17:26:36

●あっという間に10月も終わりだ。昼間の暖かさのせいか、どうも今ひとつ実感がわかない。きっと、11月に入れば、一気に冷えてくるのだろう。ちなみに11月は、恥ずかしながら僕の誕生月である。

itochan@mail.magazine

Category: 03.メルマガ[伊藤通信] — itochan @ 17:10:02

こんにちは。秋の陽はつるべ落とし。日に日に日没が早くなって、秋も深まっていますね。黄昏間近の熊本上通並木坂bar伊藤からお知らせです。

先週末からbar伊藤は二人体制で営業しています。若いとはいえ30代前半。仕事の出来るヒロシ君。金・土曜日に頑張っていますのでよろしくお願いします。

さて。お袋ネタです。我が家でもついに水槽を購入。睡蓮鉢に放していたヒメダカを移しました。すると、お袋が「8匹には広すぎて。寂しかごたる」と言うので追加で10匹。オマケに水草も入れた。そうしたら小さな体で大きな水槽覗き込みながら「広くなって気持ちんよかごたる」とニコニコ。ガラスをトントンと叩いてヒメダカを驚かしていました。なんと無邪気なお袋でしょう。でも、喜んでる姿が秋の夕暮れに映えて、なんだかうれしかったのでした。

トパーズ色の黄昏の中で

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 16:22:04

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/31]
【CAST THE STONE】

written by KIERAN GOSS
performed by FRANCES BLACK and KIERAN GOSS
from the album[FRANCES BLACK AND KIERAN GOSS](1993)

秋の黄昏は、それだけで映像的だ。すべてがトパーズ色に染まり、柔らかく輝いている。これで紅葉でも揃えばいうことなしなのだが。今年は暖かすぎてまだ見頃ではない。気分だけはもう秋だというのに。

先走って音楽ぐらいはと引っ張り出してきたのがフランシス・ブラック&キアロイン・ゴスのアルバム。地味ながら好きなアルバムだ。

キアロイン・ゴスはアイルランドが誇るコンテンポラリー男性ヴォーカリスト/ソングライター。かたやメアリー・ブラックの妹でもあるポップ系人気女性ジンガーのフランシス・ブラック。

アイルランドの音楽ではあるが、あまりケルト色はない。フランシスの歌声は、姉のメアリーよりポップで可憐。クセのないきれいな声をしている。その意味では、キアロインのメロディアスな曲調にはとてもよくマッチしている。

この曲はキアロインのオリジナルである。アコースティック・ギターの伴奏をバックに楚々としたフランシスの美声が響く。間奏ではアイルランドを代表する女性フィドル(バイオリン)奏者のモイア・ブレナックのソロが入ってくる。ここで一気にこの曲の魅力が全開。目を閉じて聴くと、なだらかな起伏のある丘を渡る風にように響くフィドル。

モイアの聴かせるアイルランド伝統のフィドル奏法のテクニックは世界でも最高の水準で、さまざまな一流のミュジシャンたちと共演の実績がある。しかし何よりもモイアのフィドルの魅力は、いにしえのケルト伝説にイマジネーションを馳せるようなファンタジックで神聖な雰囲気を持つ音色とメロディにある。

フランシスの可憐なヴォーカル、キアロインの郷愁を誘うような美しいメロディライン、そして魂までも浄化されてしまうようなモイアのフィドル・・・この三つがひとつとなって聴く者に遠くアイルランドの風景を想像させる。

この曲を聴くと、20代後半を過ごした東京・世田谷の駒沢公園の秋を思い出す。すべてが紅葉する木々ではないのだけれど、なぜか思い浮かべてしまう。そして、公園近くにあった眺めのいいカフェ。いきつけのお店。見下ろすようにビルの最上階にあったそのカフェも今はもうない。思い出も消えた。だけど、駒沢公園の秋模様は、今も変わらずに訪れる人の目を楽しませてくれているに違いない。

2006/10/30

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 19:48:20

●先週、水槽が我が家にやってきた。そのため昨日の日曜日は水の入れ替えや何やらで忙しかった。

で、今日。オフクロが「水槽が大きかけん、メダカが寂しかごたる」とボヤいていたので、早速今日メダカを買って来た。これまでは8匹だったが、追加で10匹。ついでに水草もたくさん購入。それにしてもヒメダカ1匹25円とは。高いのか安いのか。命をお金で買うというのも、なんとも言えない気分だった。

一気に水槽の中が賑やかになった。というかイッパシの水槽らしくなった。オフクロもにこにこ眺めていた。

 
●マンスリー・イベント「サンデー・アフタヌーン・ミュージック・シャワー」の11月の日程は、たぶん19日となるだろう。

  
●何年ぶりだろう。昨日の午後、ナカヤマのオバチャンが遊びに来た。

「あら~、オヤジさんかと思った。兄ちゃんかい?」

「いいえ。弟です」

「大きくなったネエ。オヤジさんそっくりたい」

二十数年前、洋服店をやられていたナカヤマさんち。今はご主人も亡くなられ商売はやめられたそうだ。それにしてもひさしぶりにお会いしたので、玄関に現れられた時は誰だかわからなかった。

それからオフクロとナカヤマのおばちゃんは、二人並んで座敷の縁に腰掛世間話をはじめた。笑ったり、ひそひそ話をしたり・・・話は延々と続く。僕は奥からそんな二人を眺めていた。

二人の話はとめどなく続く。その先、店の前の道は午後の柔らかい太陽に照らされている。家の奥からは、二人の姿は影になって見える。なんとものどかな光景。ひさしぶりに会ったオフクロも話はとまらない。30分。1時間。やっと話を終え、二人が立ち上がった時は陽も傾き、おばちゃんが乗ってきた自転車も影を長く引いていた。

午後4時。オフクロは「あの人も話が長かもん。もう、こぎゃん時間になってしもうた」とあわてて夕餉の買い物に出かけて行った。そんなオフクロに僕は「お互い様たい」とポツリとつぶやいた。笑いながらオフクロは出かけて行った。

週末は2人体制

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 19:27:09

先週末の金曜日と土曜日。ワケあって助っ人を頼んだ。いわゆるヘルパーである。以前、一緒のお店でバーテンダーとして働いていたHIROSI君である。この5年ほどバーテンダーは辞めていたのだが、僕の頼みとあらばとひさしぶりにカウンターに立ってくれた。

結果。非常に助かった。いちいち言わなければわからない新人とは違い、「ツー」といえば「カ」。たとえば、お客様からオン・ザ・ロックのオーダーが入れば、僕はそのオーダーを確認するようにお客様に繰り返すのだが、そう言いながらボトルを取ってカウンターに並べると、そこにタイミングよくロック・グラスを置いてくれる。僕は間髪いれずに磨いて氷を入れて注ぐ。なんとスムーズなこと。

水割りのオーダーの場合も同じで、グラスと水が用意されている。気持ちいいものだ。やはり、ヘルプ(あるいはサポート)はこうでなくちゃ。こんなふうに彼と同じカウンターに立って仕事をしたことは数少ないが、ちゃんと自分の立ち位置ややるべきことを覚えていた。それもそのはず。当時、お互いこうしたことをトコトン教え込まれたのだから。体にしみついているのだろう。

また、今週末もお願いするつもりである。ゆくゆくはHIROSHI君もお店をやりたいと言っている。少しでもその手助けになればとの考えから始めた週末2人体制である。

秋の夜は、粋な鼻唄で。

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 17:44:29

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/30]
【TIS AUTUMN】
ジャスト・アバウト・エヴリシング

written by HENRY NEMO
performed by BOB DOROUGH
from the album[JUST ABOUT EVERYTHING](1966年録音)

10月ももうすこしで終わる。先日このサイトで『WHEN OCTOBER GOES』というフォーク・ミュージックの名アルバムを紹介したが、今回はちょっと小粋にキメたい、と。

で、選んだのがボブ・ドロウ。鼻にかかったような優しい歌声、洒脱で小粋なスイング感・・・鼻唄系ジャズ最高峰の男(CDの解説文から)ボブ・ドロウの最高傑作「JUST ABOUT EVERYTHING」からT⑧『TIS AUTUMN』。

本来ならスイング感が小気味よいT③「I'VE GOT JUST ABOUT EVERYTHING」を選びたいところだが、こちらはそのうちということで。

この⑧『TIS AUTUMN』。木々が葉を落とし、渡り鳥がさえずり合いながら南をめざして行く秋の景色の中の恋人二人を歌った内容。

ボブ自身の弾くピアノとギター、ベース、ドラムをバックに鼻唄を歌うように歌うスロー・バラード。途中、「鳥たちが天気について話し合い・・・」という部分にくると、お得意のスキャットで“鳥声”を使ったりドロウらしい洒脱な歌で楽しませてくれる。とにかく粋、それでいてヒューマンなあたたかみにあふれた名曲だ。ナット・キング・コールの名唱でも知られている。

よし、今日はこの雰囲気でいこう。たまには、こうした“オトナのbar伊藤”もいいだろう。

ミユキちゃんねる 第26話

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 17:10:03

【鈴虫寺】

京都に同窓会で来ています。こちらのお地蔵さまはわらじを履いていて、願いを一つだけ叶えてくれると評判で、訪れる人は長蛇の列です。

   
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【苔寺】

世界遺産に納得。

 
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同窓会といっても仲間はまったく写っていないじゃん! 

今回はマジメ(マトモ?)な観光写真。ミユキちゃんお得意の“天然”が出ていなくて、ちょっぴり残念だけど・・・それに紅葉の京都も今ひとつだけど、相変わらずアチコチ出かける元気のよさには脱帽だね。

2006/10/28

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 17:38:37

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/28]
【ELE】

written by LUIZ AVELLAR / FATIMA GUEDES
performed by FATIMA GUEDES
from the album[GRANDE TEMPO](1995)

二度目の登場だ。ファチマ・ゲヂス。もしかしたら・・・僕はこのアルバム(というか彼女の歌声)がいちばん好きなのかも知れない。夏の終わりに、秋の午後に、冬の暖炉の前で、春の野で・・・四季それぞれに必ず聴きたくなる。

ブラジルのポピュラー音楽「MPB」の歌姫。その自然な表現と味わい深い歌声とで人気が高い。シンガーとしてだけでなく自身も作詞作曲を手がける、いわゆるシンガー・ソングライター。ジャケット写真からもわかるようにベテランである。

ちっとも雨が降らないのは困るのだが、そのかわり空が高く青くて気持ちがいい。そういえば最近、空を見上げることが多くなったなあと思う。似合わないかな?(笑)

何雲っていうのかな

まるで空にイタズラ書きでもしているような秋の雲を見上げながら。僕はコンビニの駐車場にクルマを止めた。コーヒーが飲みたくなったのだ。ホットの缶コーヒーとタバコを買ってお店を出ると、秋風が吹いてきた。反応するように僕は空を見上げた。真っ青な空にポコポコっとひつじ雲。可愛いなあ。

そういえば中学生の頃だったか、夏休みの自由研究で「早朝の雲」を観察した。毎朝5時頃に起きて写真を撮る。眠い目をこすりながら・・・出来はともかく、たしか先生にほめられた記憶がある。

クルマに乗ってエンジンをかけた。ハンドルをぐるりと切って右回転で方向転換。その時だった。人家の横に赤い花。クルマを止めてよく見ると、バラだった。赤といってもピンクが少しまじったような、なんとも上品な赤色だ。思わずデジカメで。得意のピンボケ写真の出来上がり!

上品な赤色が素敵なバラ

あ~あ。やはりデジカメを買い換えようかと思う。いや、僕の腕前が悪いのか。ともかくストレスのたまる出来映えの悪さだ。ご勘弁を。

さて。話が横道にそれてしまった。選んだ1曲はT⑭『ELE』。やわらかなガット・ギターの爪弾きではじまるスロー・ナンバー。どこか荒井由実時代のユーミンを彷彿させる歌い回しとメロディ。爽やかな秋風も手伝って、忘れていたものを思い出すような、心を縛りつけていた何かがほどけていくような、やさしさ。あたたかさ。ほろ苦さ。

このままお店に向かわずに阿蘇の草原にでも行ってしまいたくなる。そんな無茶な願いが叶うわけもなく、僕はいつもの道をお店に向けて走っていった。そうだ、明日は店休日。でも、きっと行楽の人でごったがえしているだろうな。それじゃ海にでも向かうか・・・。

そんな他愛もないことを考えながらハンドルを握っていたら、カーステレオのファチマ・ゲヂスはブラジリアン・フレーバーあふれる軽快な歌に変わっていた。まっすぐに伸びる「うきうきロード」。視界に広がる秋の青空。さあ、お仕事お仕事。今日もガンバロ!

2006/10/27

itochan@mail.magazine

Category: 03.メルマガ[伊藤通信] — itochan @ 18:10:02

こんにちは。秋の柔らかい西陽が射し、道行く人をほんのり暖かくつつみ込む熊本上通並木坂bar伊藤から新入荷美禄のお知らせです。

やっと念願の美酒「呉春・特吟」が入荷したました。天下に知れわたる銘酒ですが、なにせ品薄でbar伊藤でもやっとのことで入手できました。

辛口でも甘口でもない「うま口」タイプ。全国の酒徒の間で引っ張りだこの幻の銘酒です。

今回は1本きりの入荷。品切れ必至です。何卒お早めにご賞味くださいませ。うまい酒肴もご用意してお待ちしてます。

http://itochan.com/blogs/

美禄紹介【呉春・特吟】

Category: 今日のこの1本(美禄紹介) — itochan @ 16:59:44

時代を超えた名酒【呉春(ごしゅん)】


■呉春 <特吟>(大阪府池田市・呉春酒造)
原料米:赤磐雄町/精米歩合:45%/酒度:±0
 
 
 
大阪を代表する有名な日本酒です。その伝統と技から生まれる【呉春】の魅力の本質をご存知の方は少ないと思います。【呉春】の「呉」は池田の古い雅称「呉服の里」に由来します。また、「春」は中国の唐代の通語で「酒」を意味します。つまり「呉春」とは「池田の酒」の意味です。

そういう理由からかどうかはわかりませんが、ラベルの【呉春】のロゴの右横に【池田酒】と記載されています。

「下り酒」として江戸時代に重宝され、有名になりました。
池田の酒は「下り酒」として江戸時代に重宝され、銘酒として名を馳せました。その中で特に「呉春」は今でも全国的に知名度が高く人気のあるお酒です。
(下り酒とは関西から関東に入ってきた酒のこと)

 
谷崎潤一郎が愛飲したお酒
小説家・谷崎潤一郎が好きだったお酒としても知られています。蔵元の西田氏は谷崎潤一郎氏と個人的な交友があり、「西田さん、呉春持ってきて。」とよく頼まれたそうです。「細雪」や「卍」を執筆する谷崎氏の傍らには大好きな呉春があったようです。

 
酒度「±0」の旨くちタイプ
「呉春」の酒度は珍しい±0です。甘口でも辛口でもない、飲みやすさを追求した旨くちのお酒。それが呉春なのです。

【呉春・特吟】の原料となるお米は、酒米の中でも最良の岡山産「赤磐雄町(あかいわおまち)」です。幻の酒米と言われる栽培の難しいお米です。水は五月山の伏流水。なんと今でも酒蔵内の井戸から汲み上げて使っています。
そしてこの2つに伝統の技が加わり、最高のお酒が出来上がるのです。

この天下の銘酒【呉春・特吟】」の魅力ある味わい。bar伊藤でお楽しみいただけます。

2006/10/26

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 16:55:16

●昨夜はまるでマンスリー・イベント[ミュージック・シャワー]の番外編のような日だった。

常連さんで音楽大好きM氏が、僕も知っている女性の方とご一緒に来店。楽しさ余って音楽三昧とあいなった。今回はJ-POP特集。といっても、昨今のものではなく、やはり70、80年代のものが大半。シュガー・ベイブ、荒井由実、山下達郎、センチメンタル・シティ・ロマンスそしてハナレグミ、畠山美由紀、スガシカオなどなど。めくるめく日本語の世界。

それにしても日本語の歌詞は僕らオヤジには痛い。あの頃の思い出とともに胸に突き刺さってくる。でも、たまにはいいな。こんなのも。

●「フツーにやろうよ!」最近の僕のクチグセだ。このところの世間で起きている事件・事故に目をやると、どうしてみんなフツーにやらないのだろうかと思う。

「フツーこそ難しい」と人は言うけど、それって言い訳。僕の言う「フツー」は文字通り「普通」である。奇をてらったところで、先は見えている。一時的なカンフル剤や快楽、売名行為のためものなんて、底が知れている。

自分に自信があるわけではない。自棄でもない。毎日コツコツとやって行こうと考えるだけだ。お酒ではないが、「程々」がいちばん。

2006/10/25

天高く・秋はいずこ

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 20:08:09

nante sugasugasiindarou.kuuki mo sundeite,kirei na aozora da.kumo mo nandaka kimotiyosaso ni ukandeiru.

sorenisitemo hiruma no atui koto.nijunana-do datte.asayu ha suzusiku natatoiunoni.mattaku mo.

ten takaku uma koyuru aki toiudakeatte. ironna katati no kumo wo miteitara mushoni sanma ga tabetaku nattekita.

深く美しいシーン・メイク・ミュージック

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 17:48:42

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/25]
【NIGHT IN THAT LAND】
NIGHTNOISE / SHADOW OF TIME
written by by JOHNNY CUNNINGHAM
performed by NIGHTNOISE
from the album[SHADOW OF TIME](1993)

錦繍の秋。色鮮やかな秋の風景は、それだけで見る人を幸せにしてくれる。しかしながら、正直なところ、そのきらびやかさゆえに、少しばかり気後れする自分がいるのも隠せない。

そんな時、その風景と自分との間に距離をとる。いわば「間合い」。この間合いをとることで秋を十二分に満喫できるような気がする。自然なんてものは人間の感性を総動員してもってしても掴みきれるものではない。あまりにも大きく、あまりにも美しく。畏敬の念を抱かせるのみ。

だが、人間はそれをどうにかして自分らの手中におさめようとあれこれと生み出してきた。思いをカタチに表す。その手段として絵画がある。詩歌がある。そして音楽がある。
 
ひとつの歌を聴いて、そこに風景(あるいは情景)を思い浮かべてしまうことがある。たとえそれが行ったこともない土地であるにもかかわらず。果たして、その風景はどうやって頭の中に具象的に描いているのだろう。たぶん、これまでの人生の中で見たり、聞いたりしてきた情報を元に具象化しているに違いない。人間のイマジネーションとはすごいものだ。

 
 
ナイトノイズの音楽を聴くと、僕はきまってアイルランドの風景を思い浮かべてしまう。当然、行ったことはない。

このアルバムは、ナイトノイズのメンバーが全員アイルランド人となった時代の作品である。前作までのナイトノイズのサウンド・カラーといえば、いかにもニューエイジ・ミュージック的、都会的な雰囲気の漂う曲が多かったが、このアルバムからはアイルランド色が一気に濃くなっている。

メンバーは4名。ギター、フルート、フィドル、ピアノ、アコーディオンなどに加えて、シンセサイザーを使ってはいるものの全体的にはアコースティック・サウンドを前面に打ち出している。数曲ヴォーカル曲(男性あり・女性あり)もあるが、大半がインストゥルメンタル・ナンバーが占めている。

僕自身アイリッシュ・ミュージックに一時ハマったことがあった。それなりに数多く聴いた。しかし、いろいろ聴いていくうちによりトラッドな音楽へと向かわなければならなくなり、同時にそのトラッド色(匂い)がだんだんと強くなっていくと、どうしてもついていけなくなったのだ。で、挫折。結局、口当たりのいい程度のトラッド色のある音楽でとどまってしまった。

あれから10数年。あらためてアイリッシュ・トラッド・ミュージックに耳を傾けてみた。これがどうだ! 以前はその体臭的トラッド色に嫌悪感さえ覚えていたのが、意外にすんなりと聴けるではないか。職業に履歴、お酒に酒歴、音楽にも音歴というものがあるのだろうか。積み重ねていくうちに心の奥底で聴くことができるようになっていた。

 
 
選んだ1曲。T⑦『NIGHT IN THAT LAND』は、どこか懐かしくなるようなメロディが印象的なインストゥルメンタル・ナンバー。 ともすれば陳腐になってしまいそうな曲想だが、ホッとするような暖かい音楽に身も心も委ねたくなってしまう。アコースティック・ギターの爪弾きの上をフィドルの美しい音色が秋風のように流れて行く。通奏低音のようなシンセの控えめな音が音像空間を広げる。やわらかなホイッスルの音色に、まだ見ぬアイルランドの情景が浮かぶ・・・。

THAT LANDとは・・・アイルランドなのだろうか?

思うのだが、この曲想は、アメリカの古い民謡にも通じる。アイルランドとアメリカ。歴史的に考えればあって当然なのだが・・・例えは無茶だが「ダニー・ボーイ」のような曲だと思ってもらえば理解してもらえるだろうか?本当に素晴らしい。

 
まだ紅葉の頃と呼ぶにはいささか抵抗がある街なか。錦絵巻のような秋景色を数週間後にひかえ、僕はアイルランドの秋を想う。これを聴いてそんな感傷にひたるなんてキザだという方がいるだろう。感じるのだから仕方がない。

ナイトノイズの音楽を単なるイージーリスニングととるか、シーン・メイク・ミュージックととるか、それは今あなたがいる状況、そして感受性で決まる。いつまでも、年齢を重ねてもしなやかな感受性を持っていたいと思う。

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 03:36:00

●キンモクセイとオリオン座。真っ暗な世界に輝く星座。芳しい季節の匂い。

2006/10/24

いい日、旅立ち、あとの祭り。[1] 

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:14:02

【怒涛の同窓会 in 神奈川県三浦海岸/待ち合わせは炎天下】2005/09/03

それは25年ぶりのオヤジとおばさんたちの待ち合わせから始まった。

午前11時30分。横浜駅西口、高島屋前。僕らは待ち合わせをした。「この頭とヒゲと顔を見てわかるだおうか?」そんな不安を抱いて僕は待ち合わせ場所へと向かった。きょろきょろ見回す必要なく、その3人組が仲間だとわかった。みんな変わってはいなかった。

「よお~っ!」
「わぁー!伊藤クーン。ひさしぶりぃ…」

そんな当然な返事を期待していた僕が間違いだった。

「あらぁ、来てたの?」…だった。

僕らは最後の一人、ドライバー役の仲間を待って時間をつぶした。やがて、登場。

「わりィ、わりィ。クルマが混んじまってサァー! ったく、もう」

相変わらずのしゃべり方。Nちゃんだ。しかし、風貌は彼女が一番変わっていた。失礼を承知で言わせてもらうと、いわゆるオバサンしていた。聞けば、もうアバサンではなく“おばあちゃん”になったという。46歳で。娘が19歳で子供を産んだそうだ。孫を抱いても、ややもすると歳のいった母親と赤子だと間違われると自慢気に話していた。「おっぱい飲ませてみようかとも思ったんだけどサァ」と、なんとも彼女らしい。

みんな子供も大きくなり、上は25歳、小さい子でも10代半ば。手も離れ、やっと自分の時間を楽しめる環境になったということで昨年からこの同窓会は始まった。

しかし、正午近くの高島屋デパートの正面玄関前は、九月の残暑も厳しく、同じように待ち合わせをしている人たちは建物の影に非難して待ち人している。というのに、この50才に片手がかかろうとしているオジン・オバンたちは、炎天下の中で「ねえ、聞いたぁ! それがさぁ~」「でも、横浜なんて何年ぶりかしら。田舎に引っ込んじゃって、街って賑やかよね…なんて井戸端世間話に花を咲かせている。額には大粒の汗。ハンカチでしきりにそのしたたり落ちる汗を拭きながら猛暑をものともしない。やはり、母は強し!である。ちなみに男は、この場には僕だけだった。

そろそろ出発しようか、と誰かが言った。そうね、そうねと皆うなづく。クルマへといそいそ向かう集団。ドアを開ける。ボワ~と中から溶岩のように流れ出す熱気。TOYOTA IPSAMの照り焼きが僕らを待っていた。

噴き出す汗に眉をしかめながらも世間話の続きをしながら乗車。レッツ・ゴー! 僕が調子こいて言うと車内はシーン。「オヤジだっつーの!」とNちゃんになじられ、消沈する僕にかまわず急発進。いきなり飛び出したせいで前の車とぶつかりそうになった。

「マジかよ! ここで事故ったらシャレになんないぜ!」

「大丈夫だっつーの! あっちが突っ込んできたんだから」

「そうそう。どなられる前に、こっちがどなりゃいいんだから」

強引にマイ・ウェイである。とほほ…。

向かう先は神奈川県の三浦海岸。25年ぶりの再会。新日本研究会同窓会一泊コンパ合宿は、こうして始まった。

いい日、旅立ち、あとの祭り。[2]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:13:12

【怒涛の同窓会 in 神奈川県三浦海岸/25年の空白なんて何処吹く風】2005/09/03

さて、怒涛の同窓会一泊コンパがはじまった。

先輩諸氏は遅れて合流するということで、とりあえず14名での宴会だ。懐かしい顔が並んでいる。皆オヤジ・オバサンになっていて…僕を筆頭に、かなり頭部が寂しくなった者や昔の見る影もなく太った者、老けた者…でも、性格的にはちっとも変わんない。はじめはワイワイがやがやだった宴会。しかし、これはほんの前哨戦。僕らのサークルは尻上がりに盛り上がっていく。

リゾートホテルとは名ばかりの最悪寄宿舎の宴会場。みんなどこか不満そう。食事も「なんじゃい、こりゃ!」の出来合いモノのてんこ盛り。みんなお箸をつける手もなく飲み物に集中。当然ビール。それもそのはず、ビール以外は、いったいどこに行けば売ってあるのかという代物ばかり。プロの僕でさえ見たことも聞いたこともない焼酎やらウイスキーやらワインやらが用意されていた。しかも、ウイスキーや焼酎のスクリュー・キャップは開封されているし、ワインにいたってはデカンタに移されてはいるものの見た目でマズそうに色が薄い。香りを嗅いでもまったくワインらしくなく、ただただアルコールのツーンとした匂いばかり…誰ひとり手を出さず延々と、そして淡々とビールを飲んでいる。さわぐ者もいないまま2時間が経った。

酔っ払った者など一人もいない。顔色もまるで素面。一斉に立ち上がり「ごちそうさん」と言いながら宴会場を後にした。少し遅れた僕に仲居さんが「みなさんおとなしいんですねえ」と。とんでもない。河岸を替えての部屋での宴会は…エンドレスな地獄絵巻と化する。いや、25年前はそうだった。僕は内心「もう、みんな年だしなあ」と思いたかったが、ホテル到着後に買出し部隊が用意してきた物資を見た時、総毛立った。

持ち込みビール500ml缶が1ケース。ウイスキーが2本(懐かしきサントリー・ローヤルとオールド…しっかし誰が買ってきたんだ!)。焼酎は『いいちこ』紙パック1.8ℓが1本。オツマミは乾きモノが10袋(これに加えて各自持参の品もあった)。不参加のワビのためと送られてきた仙台名物「笹かまぼこ」2ケース。とどめはキューリの浅漬け(業務用らしい)ドデカ袋1個。加えてロック・アイス3袋(途中、コンビニに追加で2袋買いに走った)。45歳以上、総勢15名とは思えないラインナップだった。

結局、朝の3時近くまで延々と飲み、語り合いながら旧交を温めた。昔の話、最近の話、どういうわけか僕が未だ独身でいることに話は集中。やれ「理想が高い」の、「性格が暗い」の…あげくは昔付き合っていた女性のことを持ち出して「女性の気持ちがオマエはちっともわかっちゃいない。昔から!」…コテンパンだった。

ちなみにこの同窓会とは大学時代に加入していたサークルの集まりである。そのサークル名は「新日本研究会」。付け加えて言っておくが、右でも左でもない。とことんナンパ…否、僕らが加入する何年か前までは、聞くところによると学生運動くずれの先輩たちが作った硬派サークルだったとか。その片鱗は僕らの時代にもわずかに匂いとして残っていた。

『バカなことをマジメにやる』それが僕らの時代の新日研だった。1年間かけて自分が決めたテーマを研究していく。そして年度末に発表するという地味なサークルである。辛気臭いのは定例会のみならず、夏の合宿では避暑地・長野にまでわざわざ行って、机にかじりついて1日13時間の研究の中間発表。長野に行った意味がまるでない。そのくせ、年明けには先輩を送り出すコンパは『追い出しコンパ合宿』といって一泊しての大酒飲み大会が年間行事となっていた。

しかし、そんな新日本研究も、今はない。僕らが卒業した2年後には消滅してしまったらしい。もっともかも知れない。時代は80年代。堅苦しいサークルよりもライトでカジュアルでオシャレなサークル…たとえば夏は海、冬はスキーで春秋はテニス…な~んていうシーズン・スポーツ・サークルが大流行りだった。地味で小難しくて、オシャレとは無縁な集まりには誰も興味を持ってはくれない。しかし、決して僕らは陰気ではなかった。マニアックではあったかも知れないが…。

そんなこんなで。一人消え、一人つぶれと少しずつ参加者は部屋に戻り、最後は4名くらいだったろうか。まるで定例会のような気合いの入った大酒飲み大会は、禅宗の住職をやっている先輩のありがたいお説教でお開きとなった。

お布団を敷き、さて全員消灯という時だった。外からドアを叩く者がいた。何事だろうと開けると、例のNちゃん。僕の横をすり抜けダダダァーっとキッチンへ。「もらってくねーっ」と最後の缶ビールをくすねていった。

「たいしたタマだよなあ、まったく」と僕がつぶやくと

「N先輩はきっと依存症ですよ。先日、一緒に飲んだんですが、ハンパな飲みじゃないんですよ。アル中ですね」と後輩D。

「オイ、そんなこと言うなよ。人生いろいろあんだって!」

そう言いいながらDの方を見ると、しっかり地鳴りのするようなイビキをかいて寝ていた。住職先輩はそんな僕ら二人の話を聞いていたのだろう。「何か逃げたいというか、忘れたいことがあるんだろう」と言った。やっぱ、お坊さんが言うと説得力が違うなあ。あらためて自分のチカラのなさを知らされた気がした。

いい日、旅立ち、あとの祭り。[3]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:12:19

【怒涛の同窓会 in 神奈川県三浦海岸/城ヶ島名物・胃痛ところてん】2005/09/04

目覚めは最悪だった。午前8時半。窓の外、三浦海岸は陽光に輝いていた。しかし、僕らといえば…ご想像通りである。

女性軍はしっかりと5時過ぎには起床して朝風呂に入り、7時には朝食も済ませていた。25年前ならいざ知らず、さすが母親をやってきただけあって、どんなに夜更かししても朝はちゃんと起きている。

男性軍も、ボリボリと頭をかきながら乱れた浴衣姿で大浴場へ。あわやおぼれる者が出るかもといった感じで朝風呂を浴びた。そして朝食。バイキングとは聞こえがいいが、なんともちゃっちいメニューだった。しかたなく僕は野菜サラダとスープとスクランブルエッグと塩サケを。時間をかけてぽつりぽつりと口に運んでいたが、隣で先輩住職はしっかりと和風五味五色、しかも一粒残さず食べ終わって手を合わせていた。さすが!

そんなこんなで。チェックアウトのための身支度。今日の予定は三崎の城ヶ島観光だという。

待ってましたとばかりに最高にいい天気。裏腹に体調は最悪。頭の中ではピンクの象がタップダンスを踏んでいる。聞けば、昨夜寝酒に缶ビールをと持って行ったNちゃんだが、昨夜は飲まずに目覚めにクイッと飲ったらしい。それじゃ迎え酒じゃないか。ちなみに500ml缶である。おそるべし! 

そして、二日酔いの重い頭と睡眠不足のフラフラ体の中年男女一行はクルマで城ヶ崎へ向かったのだった。

城ヶ島は神奈川県きっての景勝地。みんな眩い陽光に目を細めながら怒涛の波しぶきに歓声をあげていた。僕はといえば、そんな眺めもそこそこに、ポカリスウェットを浴びるように飲んでいた。

それにしても城ヶ島は中々見応えがある。荒磯にぶつかる波の写真を撮ったのでご紹介しよう。

ここが三浦半島の突端 荒磯と断崖にぶつかる太平洋の波
自然にまさるものは、ない。

岬の突端には城ヶ島京急ホテルが建っている。かなり古い建物だが、なんといってもロケーションがいい。ぜひ一度泊まりたいものだ。その際は絶対二人で!…なんて言ったら、みんな異口同音に「その年で? 出来りゃあ、とうにカミサンがいるぜ」だって。

まるで海の家みたいなホテルの食堂で昼食をとった。といっても誰も食べずに飲み物だけ。しかし、僕ともう一人、サークルの人気者というか看板野郎キー坊と『名物三崎産ところてん』という手書きの張り紙に惹きつけられ、酒で疲れた胃袋に酸っぱいところてんを流し込み、むせるやら、胃に滲みるやらで、食べながら死にそうだった。それを見て、Nちゃんの言葉ではないが「アイツら、懲りもせず、またやってらぁ」と呆れていた。25年、僕らはまったく変わっちゃいなかった。

中年同窓会一行は観光を終え、さて解散という段になった。ところが、女子のひとりが新鮮市場で買い物やってから解散しようよと言い出した。

クルマですぐの場所だった。てっきり三崎名産の海産物の土産品売場みたいなところだと思っていたら、なんとフツーのスーパーマーケットだった。みんな(女子たちが主)各自手に買い物カゴを抱えて物色に走り回っていた。時刻は正午すぎ。つまり、今夜の夕食のための買い出しである。やはり、ここでも“母は強し”であった。

いい日、旅立ち、あとの祭り。[4]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:11:39

【怒涛の同窓会 in 神奈川県三浦海岸/また会う日まで】2005/09/04

夕餉の買い物を終えた新日本研究会同窓会一行。スーパーの駐車場で解散となった。みんなそれぞれ連絡先やメールアドレスを教え合っている。僕はひたすらポカリスウェットのお世話になっていた。それにしても誰も何も聞きに来ない。オレってこんなに人気なかったのかな? まあ、いいや。名簿にはちゃんと住所が載っていたし。

「ねえ、来年の幹事は誰がやる?」

「そうだな。誰がいいかな?」

「今回、幹事をやらせてもらった権利として…次回はキー坊先輩夫妻でお願いします!」と後輩Dが言った。

「よし、決まり!」言い訳、意義、質問、いっさい受け付けないのは、やはり昔から。

「オレ、来年は無理かな?」と僕が言った。すると…

「あっ、そう。仕方ないね」とみんな。

呆気なく承諾された。僕が一番遠い所から来ているんだっつーのに。ったく、もう。

でも、またすぐにでも会える---そんな共通感覚が僕らにはあった。だから、こうもあっけらかんとしているのだ。25年ぶりに会ったにもかかわらず、それぞれの時間の埋め作業なんてほんの1時間程度。すぐ時空を飛び越えて“あの頃のみんな”にもどってしゃべっている。

大学時代という長そうでわずかな4年間という共有時間。しかし、今こうして会ってもまったく違和感を感じないのはなぜだろう。懐かしさと言ってしまえば、それまでだが。僕はこれからも時間がとれれば参加していきたいと思う。

あの日、あの時、あの場所で、僕らは確かにいた。泣いて、笑って、怒って…すべて大切な僕らの時間。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[5]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:10:55

【思い出に逢いに行く rhapsody in yokohama】2005/09/04

同窓会のみんなと別れた僕は横浜にいた。今回の旅のもうひとつの目的、10年以上ぶりにMさんと逢うためだ。

その人は横浜に住んでいる。僕と出会った頃からだからどれくらいになるのだろう。13、4年くらいになるのではないだろうか。横浜が大好きな女性。というよりも海と船が好きだった。確か父親が船長だった。そのせいもあるのだろう。

実は、その女性と、もう10年以上も前に僕は交際していた。だが、それはついに実を結ぶことはなかった。「私は自分が一番好きだし、一人で生きていきます」と言って僕らは別れた。お互いに嫌いになったわけではなく、これからの人生を考えての納得ずくの別れであった。僕が27歳、彼女が25歳の時に出会い、そして10年。別れた時、僕は37歳。彼女は27歳。あまりにも長すぎた時間だった。

           ◆              ◆       

僕は彼女と別れ、ほどなく東京暮らしに終止符を打った。彼女との一件で帰ろうと決めたわけではなかった。仕事のこと、両親のこと…いろいろな要因があった。1994年11月のこと。

帰郷して2年後くらいだったろうか、彼女から突然電話をもらった。

「熊本に行っていい?」

「エッ、どうしたの?」

「逢いたくなったの」

「今来られても僕はどうしようないよ」

当時の僕は仕事にあぶれ無職だった。そんな僕に何が出来るだろう。否、それよりももうすでに終わらせたはずだ。すべてを…どう答えようかと考えていた時、彼女は自分で自分の言葉を打ち消した。

「いいの、いいの。冗談よ」その場の重く沈んだ会話を打ち切ろうとした。無理に笑顔で話そうとする彼女の顔が浮かんだ。

「今は無理だよ」

「うん。わかった」

彼女は受話器の向こうで泣いていた。本当に来たかったんだろう。しかし、僕にはどうすることも出来なかった。すべては終わってしまったのだから…

それから半年ぐらい経って、僕は彼女に会うために横浜へ行った。彼女と話がしたくなった。よりを戻そうというためではなかった。ただ、あの当時は「今は無理だ」としか言えないほどに僕は行き詰っていたし、なぜあの気丈な彼女が涙を流したのか、それが知りたかった。

懐かしい大桟橋のたもとのレストランで昼間から二人でシャンパンを飲んだ。いろんな話をした。しかし、驚いたことは彼女が涙もろくなっていたことだ。交際していた頃は涙なんて見せたことがなかった。夕食もひさしぶりに二人で。ここでは笑顔の彼女だ。昔のままの彼女がそこにいた。そして、その夜を僕は彼女とともに過ごすことなく別れた。

近くのホテルに部屋をとった。眠れるわけがない。結局、朝までいろんなことを考えていた。夜半から雨になった。窓ガラスは雨に濡れていた。

朝が来た。僕はホテルを早めにチェックアウトし、隣のファースト・フード店でコーヒーを飲んでいた。見るともなしに外の雨に煙る景色を眺めていた。その時だった。目の前の道路。その向こう側の歩道を、傘をさして通り過ぎる女性に視線が止まった。「彼女だ!」僕は声に出しそうになった。僕は急いで店を出た。追いかけたかった。しかし、足早に急ぐ彼女と、そして目の前の横断歩道の赤信号が僕の行く手をさえぎった。

やっと青色に変わった。急いで追いかけた。行く先は駅。雨の中、傘もささずに走った。しかし、着いた時にはもう彼女の姿は群集に紛れてしまい、僕は見失ってしまった。

今にして思えば、あの時に間に合ったとしても、僕はいったい何を話したかったのだろう。すべては終わってしまっていたのに…

           ◆              ◆       

あの雨の日から10年近く経つ。そして再び僕は、彼女に会いに行く。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[6]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:09:42

【思い出に逢いに行く rhapsody in yokohama】2005/09/04

JR横浜駅から僕はMさんに電話をした。

なぜ、今さら会う必要があったのか? そこには「ヤケボックイに火」などという甘っちょろい思いなどはこれっぽっちもなかった。それなのになぜ…。

          ◆          ◆

2週間ほど前になるだろうか。彼女から突然電話をもらったのである。平日の夜、つまり営業中である。

驚いた。実は彼女から電話をもらうこと自体珍しいことなのである。昔、交際していた頃、電話をかけるのはもっぱら僕からだった。10年間付き合っていて彼女から電話をもらったのは、たぶん10回程度ではないだろうか。つまり年に1回程度。それに比べて僕は1年365日、700回以上電話していた思う。

そんな電話嫌いな彼女が・・・何かあったのか?

「珍しいねえ。電話くれるなんて」

「今、大丈夫? 忙しくない?」

「大丈夫。今ひと息ついたところだから」

「暑中お見舞いのハガキ、ありがとう。今度、東京に来るんだって?」

「そう。大学の同窓会があってね。ひさしぶりにみんなに会おうかなって。みんなオヤジやオバサンになっちゃってんだろうな。君もそう?(笑)」

「そうよ。もうオバサン。ところでさあ、bar伊藤のホームページを会社のパソコンで開こうとしたんだけど、どうしても巧く開けないのよね」

「変だなあ。もしかして、会社側で何か仕組んでいるんじゃない? 私用しないようにって。だったらYahoo!かなにかでbar伊藤を検索してみて。たぶん僕んところをリンクしているお店があるはずだから、そこから入り込んだらどう? あんまりパソコンのことよくわからないけど、試してみてよ」

「うん。わかった。やってみる」

「ねえ。それだけのことで電話してきたの?」

「・・・うん。・・・ ・・・。」

「それだけじゃないだろ。何かあったの?」

「どうして?」

「だって、君から電話かけてくるなんて珍しいじゃん。昔から君はかけてこない人だったから」

「・・・ ・・・」

「泣いてるのか? どうした? あっ、お酒飲んでるだろ!」

「へへ、うん。・・・」

「オマエ、お酒飲むとすぐ泣くからなあ」

「グスグス・・・。ん、もういい。ゴメンナサイ」

「大丈夫かよ?」

「大丈夫!」

随分前のことだが、僕が熊本に都落ちして1年くらいした頃だったと思う。同じような電話を彼女からもらったことがあった。やはり、泣きそうな声で「熊本へ行っていい?」という内容だった。その時、僕はうなずけなかった。その半年後に会いに行った。

「どうした。元気ないぞ。9月にそっちへ行くからその時会おう? 食事でもしようか。どこがいいかな? そうそうスペイン料理屋はどう?」

「良かった。そのお店だったらまだやってるわ。昔一緒に行ってたお店が次々つぶれてしまっちゃったから」

「そうだよな。もう10年以上になるからね。閉めてなくて良かった」

そのスペイン料理店は僕らのお気に入りのお店だった。当時儲かっていたのだろう。お店のまん前にバールまでこしらえたほどだ。今は東京・目黒にも出来たとか・・・。

タパスがとても美味しく、ハモーン・セラーノや、うなぎの稚魚のビルバオ風(これはタパスじゃないかもかも?まっ、いいか)など食べながらワインを飲んで楽しい時間を過ごした。いつも二人でワインは2本以上。お店の人も驚いていたな。

再会の約束をした僕は、営業中ということもあって電話を切った。しかし、少しだけ不安もあった。もしかしたら・・・そんな予感がどこかにあった。

          ◆          ◆

プルルルル・・・コールが4回鳴った時、彼女は電話に出た。

「伊藤です。一泊の同窓会が終わって、今横浜に来てるんだけど」

「そうなの。ご苦労様。・・・」

嫌な予感。話しぶりにどうも元気がない。

「どうした? 元気ないね」

「実は3週間ほどずっと体調が悪くて。ずっと熱が下がらないの・・・」

「風邪か?」

「かも知れない。病院にも行ってないの」

「どうして・・・」と言ったところで、僕は言葉を止めた。それ以上聞く気にはなれなかった。答えは予想できた。

「それじゃ、会えないなあ。明日は仕事だろ? 行けるのか?」

「サラリーマンだもん。行かなくちゃ」

「わかった。それじゃ会うのはやめよう。俺が行って看病すると言っても、君のことだから断るだろうし」

「うん」

昔からそうだった。何でも一人でどうにかしようとする人だった。たぶん僕と別れた後も、いろんなことにぶつかっても他人には頼らないで生きてきたんだろう。

“私は自分が一番好きなの。だから他の人の面倒までみられない。一人で生きていく”

10年前、別れ際に聞いた彼女の言葉だ。

そんな彼女だから。泣きながら電話してきた時、これは会うべきだと感じ、僕は今回の旅の途中で会う予定を入れたのだった。

「それじゃあ。またな」

「本当にごめんなさい。お元気で」

病の床からの、か細く泣きそうな彼女の声。僕は電話を切った。その瞬間、彼女の意思を無視して見舞いに行こうかとも考えた。だが、やめた。もう、これ以上・・・。僕は乗るはずの電車をやり過ごし、反対方向の東京駅へと向かった。

そんな僕をよそに、眩しいほどの真っ青な九月の横浜。額をしたたり落ちる汗はいつのまにか涙に変わっていた。

言い出せないことを、聞き出せもせずに・・・

いい日,旅立ち,あとの祭り。[7]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:08:16

【とにかく横浜を離れたい・・・ Go West!】2005/09/04

行くあてを失った僕は、糸の切れた凧のようにふらふらと駅構内を歩いていた。そして、東京駅方面行きの電車に飛び乗った。

9月5日、明日の月曜日は先輩と会う予定だった。コピーライターだった時代に一緒に仕事をしていたNさんの経営している居酒屋に行くつもりだ。かつてNさんはグラフィック・デザイナーだった。

時は、バブルが弾けて皆がてんでんばらばらに散らばって行った90年代初頭。Nさんも例に洩れずデザイナーに見切りをつけ、焼き鳥屋で働くことにした。それから数年後独立。現在、杉並区南高円寺で奥さんのA子さんと居酒屋(自身ではメシ屋と言っている)をやっている。

2年前に上京した際は、Nさんの自宅でパーティを開いて迎えてくれた。今回は、お店にうかがう予定だ。お客さんとしてNさんと積もる話がしたかった。

しかし、再会のドタキャン。すべての予定が狂ってしまった。Nさんには申し訳ないが、お店に行くのをやめた。

         ◆               ◆

東京駅13番ホーム。僕は新幹線乗降ホームに立っていた。

行くあてなどない僕は、券売機の前でとりあえずポケットの中にあるお金で行ける所までのチケットを買い求めた。行き先は名古屋になった。2、3回ほど行ったことがあるが、特別思い出や知人がいる都市ではない。ホームで新幹線が来るのを待った。「ひかり」もいいが、今回は「のぞみ」に乗ろうと思う。初めてだ。

待つこと13分。ホームに「のぞみ」が滑り込んできた。あの、特有の顔つき。まるでカモノハシのような先端部。カッコイイんだか、不細工なんだか? なんとも不思議な形をしていた。

僕は自由席に乗り込んだ。喫煙席を選んで。それが間違いだった。その車両。まるで燻製室。発車した途端、乗客全員がタバコに火を点けた。狭い喫煙車両は一瞬にして燻製室と化した。あまりのすごさに僕は燻り出されるようにデッキへと避難した。

「のぞみ」の車両。気づいている人も多いだろうが、車両ボディの横っ腹に「AMBITIOUS」と記されている。正確には「AMBITIOUS JAPAN!」。新幹線品川駅開業のキャンペーンでロゴが取り付けられたものらしい。昔々、郷ひろみが歌った「じゃぱぁ~ん!]というヘンな節回しの日本語発音の英語と、山口百恵の「いい日、旅立ち」、そして国鉄時代の「ディスカバー・ジャパン」これらが一緒くたになってアタマの中を駆け巡った。

かのクラーク博士の言葉“Boys,be ambitious”。「のぞみ」の言い換えでこの単語を選んだのか? カモノハシみたいなトップ・フェイスと「AMBITIOUS」の組み合わせ。そのセンスに唖然とするが、まっ、とにかく日本的といえば日本的である。

再会あらためドタキャンの旅となった僕の気分はブルーのひとことに尽きる。これから始まるアテのない旅。行き先を見失った僕は、風に吹かれて気の向くまま。そんな僕に、「AMBITIOUS」と大仰に記された電車はあまりにも不釣合いだった。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[8]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:07:18

【名古屋の夜。ポニーテールはふり向かない】2005/09/04

名古屋駅に着いたのは午後6時近く。まだ、街は明るかった。新幹線とはいえあまり座り心地は良くなかった。腰が痛い。これだから日本の交通機関はダメなんだよなあとブツクサ言いながら駅前に出た。

名古屋はずいぶん前に一度来たことがある。しかし、今回は仕事ではなく遊び。しかも通りすがり。さて。どうしたものか? 宿も決めていないし、食事もしたいし・・・とにかく駅前をアチコチ散策してみることにした。宿はビジネスホテルで十分。後で探せばいい。

街をあちこち見て回っているうちに日も暮れはじめてきた。お腹もグ~と鳴った。考えてみれば、お昼に城ヶ島でトコロテンを食べたきりだ。お腹も空くはず。

名古屋といえば「味噌カツ」あるいは「手羽先」。こう決めたい! ところが今日は日曜日。ほとんどのお店がお休みだった。途方に暮れた僕は熊本の知人にメールで「旨い店、紹介して!」と連絡をとった。旅好き、食べ好きな彼のことだから色々知っているだろうな、と。ところが返事は「わかりませ~ん。どの居酒屋でもオーケー」と。ガクッ・・・。

気を取り直して・・・イヤ、まずはネット・カフェを探そう。そこからメルマガ[伊藤通信]を送ろう。メシはどうせ居酒屋だし、1時間もあればメルマガは送れる。

メシ処は中々見つからないが、ネットカフェはすぐ見つかった。僕はすぐさまキーボードを叩き始めた。出張版メルマガ[伊藤通信]の配信。

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こんばんは。出張版[伊藤通信]です。

昨日は怒涛の同窓会一泊コンパでした。皆オヤジ・オバサンになっていて・・・でもちっとも変わんなくて、朝の3時近くまで延々と飲み、語り合いながら旧交を温めました。

二日酔いの頭を抱えた中年男女13名で神奈川県は城ヶ島へ。波しぶきが見事な最高の景勝地。僕はそんな眺めもそこそこにところてんを食べながら死んでいました。

で。一路、のぞみで名古屋入り。愛・地球博のせいか、駅周辺は黒山の人だかり。人波をかき分けカフェで一息。メルマガ書いています。

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メルマガを配信し終えた僕は、さっきの街探索で目ぼしをつけておいたチェーンの焼き鳥屋に向かおうとした。すると、ケータイにメールが・・・

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こんばんは!

名古屋の夜はどうですか!?

お土産話楽しみにしてます。楽しんできてくださいね~!

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tomoちゃんからのメールだった。ありがとう。やがて、もう一通。

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楽しい旅のはじまりですかな?

熊本は台風の兆し。明日か、明後日に再接近の予報。いかがなりますことやら。

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カフェ・タイムレスのサト君からだった。そういえば台風が来ていたよなあ。旅の途中で熊本に上陸でもしたら・・・お店は大丈夫かなあ~? いや、それよりオフクロだ。大の台風怖がり。昨年の台風で結構我が家も大変だった。今回のはもっとスゴイということらしい。またもや、オフクロ、数珠持って仏壇の前に座り込むんじゃなかろうか? 心配だ。兄貴、頼むぞ。

と、心配しても仕方ない。というかそれとは裏腹にお腹はさっきから鳴りっぱなし。さっきの居酒屋に飛び込んだ。

「いらっしゃいませ~っ!。お一人様?」

チェーンの居酒屋とはいっても、どこかうらぶれた感じだった。しかし、働いているのは若い兄ちゃんとおネェーちゃんだった。お客さんも僕を含めて4組8名。場末の居酒屋的風情。これまたいい。とりあえずカウンター席(といってもテーブル席は2つほどしかないが・・・)に着いた。

「ビールください。ビンで」と声をかけた。までは良かったが、思わず「アッ!?」と心の中で叫んだ。もしかしてSUPER DRYかな? キリンならいいんだけどな・・・

「瓶ビールは何?と僕がたずねようとするより早く、「アイヨォー!」という威勢のいい声とともに出されてしまった。そこにはギンギンに冷えたSUPER DRYがで~んと置かれていた。アチャー!!

我慢した。飲めないわけじゃない。

「何か焼きますか?」と兄ちゃん(店長らしい)

「そうね。鶏皮とズリとレバーを塩で。あっ、それに手羽先を」

「アイヨォー!」

お客さんもちらりほらりとやって来て、店内は少しばかり賑やかになってきた。僕のオーダーも通ってはいるものの接客に忙しく、中々出て来ない。僕はピリピリと辛いSUPER DRYをチビチビ飲りながら店内を見回していた。

すると、1階があわただしくなってきたせいか、2階から別のおネェーちゃんが助っ人に降りてきた。ほほおっ。3人でやっているだ。その子は洗いものを担当した。

ポニーテールのその子は細身だった。年齢はいくつぐらいだろう? しかし、棚で顔が見えない。可愛いのかな? 

オヤジである。まさしくエロなオヤジである。しかし、気になるものは仕方がない。席をずらしたり、少し立ち上がったりしながらお顔を拝見しようとした。が、中々見えない。やりすぎだよなと諦めた僕は残りのビールをコップに注ぎ、ひと息で飲み干した。次はそば焼酎をオーダーした。

・・・なにも名古屋まで来て、宮崎のそば焼酎を飲まなくてもいいのに・・・

ところが、だ! さっきまであれだけ顔を見しようとして見られなかったポニーテールの子が僕のオーダーを運んできたのだ! ラッキー!!

僕は変態に思われはしないかという心配もよそに、その子の顔をまじまじと見たのである。ガッ、ガァ~~~ン!

「似てる。そっくりだ!」驚いた。

「マジかよ」

頭の中では古い恋の傷がフラッシュバックしていた。気絶しそうだった。

なんと、そのポニーテールの子は5年前にフラレた女性にそっくりだったのである。しかも、割れたようなしゃがれた声質まで。焼酎を置き、無愛想に戻って行く時の後ろ姿までも・・・細身というより着痩せするタイプの子。そこまで似ているのである。持っていたタバコを落としそうになった。

よりにもよってこんな気分の時に。25年ぶりに会った仲間(女性軍)は変わり果てていたし、会えるはずの横浜の彼女からはドタキャンくらうし、そして今度はポニーテールの子かい?・・・カンベンしてよ~。

以前、占ってもらったことがある。占いは嫌いだったが、どうしてもということで仕方なく見てもらったのだが、その時言われたことが・・・

「あなたには女難の相が出ています」だった。

その言葉が突然頭の中に現れた! なんだよ。とことん落ち込めってことかい?

そんなこんなで。僕は早々にお店を出た。やるせない気分でいっぱいだった・・・

名古屋の夜。僕はあの時期食べた手羽先の味をまったく覚えていない。あれほど期待していたのに。そして、覚えているのは、ポニーテールの彼女が作ったそば焼酎の水割りがやけに濃かったことだけだ。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[9]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:06:40

【特急ワイドビューひだに乗って】2005/09/05

名古屋での一夜を過ごした僕は、早朝ホテルをチェックアウト。名古屋駅に向かった。

行き先未定の旅。実は同窓会の後、東京で1、2泊したあとは東北方面へ行こうかと考えていた。仙台、盛岡、よし足を伸ばして秋田へ行って旨い魚とお酒でも・・・などと思っていた。がしかし、とんだドタキャンですべてがパーになった。イヤ、してしまったんだ。で。ポケットにあったお金で行ける所までチケットを買ったら、それが名古屋だったというわけだ。

さて、明日はどこへ向かおう。昨夜、ホテルのベッドでいろいろ考えた。で。思いついたのが郡上八幡。いつか行きたいと決めていた町。長良川沿いの水と踊りで有名な小さな町だ。

名古屋駅構内の本屋へ行った。まず、ガイドブックを見ないと始まらない。昔、旅行関係を仕事としていたとはいえ、まったく知識はない。「るるぶ」「まっぷるマガジン」などなど立ち読みでパラパラと見ながら一冊のガイドブックを購入。

さっそく交通アクセスを調べようとコーヒー・ショップに飛び込み、カフェラテとサンドイッチをオーダーし、席に座り下調べを始めた。目の覚めるような・・・大げさではなく、本気で舌が火傷しそうな熱いカフェラテをフーフーとすすり、これまた用心深く口に入れないとこぼれ落ちてしまいそうなユルユルなサンドイッチを頬張りながらページをめくった。このお店で一番人気らしく、甘エビ・卵と野菜がたっぷりのサンドイッチ。黒ごま入りのパンとの組み合わせがヘルシー・・・だとか。まずまず美味しかった。

サンドイッチの上手な食べ方を誰か教えて

今日は月曜日。朝食をここで済ますOLさんが多いこと。しかも半分近くの人がタバコを吸っているではないか! 男性の喫煙者が激減している昨今。オソロシイ光景である。僕の真正面の若い女性もプカプカ。確かに僕も愛煙家だが、食事中に真正面で煙を吹きかけるように吸われたのではたまらない。失礼のないように何気なく店内奥の吹き溜まりのような席に移動した。

なんと、そこはまさに燻製室のような一角だった。昨日の新幹線・のぞみを思い出させた。あまりの煙たさに再び席を移動。サンドイッチとカフェラテの乗ったトレイを持って左右。ああ、情けない。自分のことは棚にあげての話だが、禁煙タイムあるいは喫煙席を設けてはどうだろう。

乗る電車が決まった。名古屋発特急ワイドビューひだ。これに乗って途中の美濃太田まで。そこで長良川鉄道に乗り換えれば郡上八幡へ行ける。よし、これだ!

さて、これから始まる鉄道の旅。昔、コピーライターをやっていた時代は鉄道に乗ってばかりいたなあ。あの頃は、もっぱら特急なんて使わず鈍行列車ばかりだった。最も印象に残っているのは『日本最長鈍行列車~追い越される旅』というテーマで乗った大阪発出雲大社行きだった。とにかく長かった。たぶん13時間ほど乗ったのではないだろうか?

今回はゴージャスにも特急。しかも“ワイドビュー”なんて肩書きまで付いている。どんな乗り心地だろう。期待するなあ。名古屋から美濃太田まで所要時間は約40分。あっという間だ。

JRのまわし者ではないが、快適な鉄道の旅。さて、缶ビールでも飲みながら出発進行! 実は構内売店でしっかり買っていた。加えてマーメード・カフェでモルタデラパルミジャーノサンドというコジャレたサンドイッチもテイクアウトしていたのだ! こういうところだけ用意周到な僕だった。

鉄道の旅に缶ビールは必需

いい日,旅立ち,あとの祭り。[10]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:05:08

【期待と裏腹、濁流の長良川】2005/09/05

美濃太田駅で20分ほど連絡待ち合わせ。ここから乗り継ぐ長良川鉄道は単線の1両編成ワンマン車両。ひとり旅にはお似合いのトコトコ各駅停車の旅のはじまりだ。

あいにくの雨。そういえば台風が日本に向かっていた。九州は大丈夫だろうか? ニュースによると九州直撃ということらしい。心配だ。とはいってもこんな岐阜にいる僕に何が出来るだろう。電話したとろこで余計にオフクロに心配かけるし、逆に自分も不安がつのる。ここはひとつ忘れよう。

午前9時50分。僕を含めて五人の乗客を乗せて長良川鉄道北濃行きは、ヒュィーと悲鳴のような警笛を鳴らして美濃太田を定刻に発車した。

これから1時間20分のローカル線の旅。あいにくの雨で川の眺めも今ひとつだろうが、生活感あふれる乗客たちでもウォッチングしながら楽しもう。・・・ところが乗り合せた5人の乗客も停車のたびに1人降り、1人降りと・・・結局途中で乗っているのは僕1人。そして運転手だけになってしまった。

途中の車窓の風景。期待していた。わざわざ鉄道にしたのは長良川沿いに走るからだ。のんびり写真でも撮りながら、缶ビールでもひっかけようかと・・・

「鵜飼で有名な長良川=鮎の棲む清い流れ」そんなイメージを抱いていた。だが、車窓に映る長良川は台風の影響でものすごい濁流だった。鮎の簗(やな)場もやはり濁った水を浴び、ただただもの寂しい光景だった。

乗車時間、約1時間20分。乗客1人の長良川鉄道の車内で、砂をかむような味気なさを感じながら僕はただぼんやりと車窓を流れる風景を眺めていた。

郡上八幡着、午前11時過ぎ。やっと着いた! 当然、雨。しかし、雨に濡れた古い城下町もまたいいもんだ。旅の師匠N氏の口癖ではないが「これもまた旅の楽しみ」そう思い、気を取り直した。

郡上八幡は名水と踊りの町。名水百選第1号に選ばれた「宗祗水(そうぎすい)」をはじめ水にちなんだ見所も多い。

また、老若男女が夜を徹して踊り明かす「郡上踊り」でも知られている町。毎年7月中旬から9月の上旬の約30日間にわたる開催期間中はたくさんの観光客でにぎわう。

で。僕が訪れた郡上八幡は・・・一昨日までの祭りの熱気はどこへやら。山あいの城下町は、ひっそりと静かな日常にもどっていた。まさに“バカばい”であった。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[11]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:04:48

【祭りの後の寂しさは・・・ひつまぶしで。郡上八幡①】2005/09/05

郡上八幡駅に降り立った僕を待ち受けていたのは、雨だった。

構内に置かれていた観光マップで確認しながら、僕は町なかまで歩こうと決めた。たぶん15分程度だろうと。しかし、傘はない。はて、どうしたものか? どこかで買おうかと思ったが駅前周辺を見渡しても、気持ち程度のお土産を置いている酒屋さんしか見当たらない。しかたない。それほど強い雨じゃないし、濡れて行こう。

勇んで飛び出したまではよいが、思ったより雨は本降り、行き当たりばったりの旅行者には冷たい雨だった。僕は、しょぼくれながら家々の軒を伝うようにして中心街へと向かった。

途中、美容室があり、その日は休日らしく明かりは付いていなかった。ふと、何気なく玄関ドアを見ると傘立てに一本の傘が・・・NICE! コレを一時的に借りよう。帰る時に返せばいいや。そして僕はそのライトブルーのビニール傘を失敬した。

ところが、である。傘を開いてわかったのだが、壊れていた。円形に開くはずのビニールが半分ほど骨から外れている。つまり開くと半月状態しかないのだ。これまた愕然。悪いことは出来ないもんだと反省し、そっと元の位置に返して僕は濡れネズミになって歩いて行くことにしたのだった。

         ◆               ◆ 
 
郡上八幡--どうしても一度は訪れたかった町。メディアなどでよく紹介される町だが、僕は“水がきれいで、踊りが有名な町”程度の情報しか持たなかった。

ただ、なんとなく・・・そう、「ぐじょうはちまん」という言葉の響きと、水と踊りの小さな町というロマンティックなイメージにひかれていた。

あてもなく町をぶらぶら歩いていると、あちこちで清らかな水が湧いているのがわかる。

町なかで不思議なものに出くわした。木と銅板で作られた水槽のようなものがある。“水舟”(↑写真)と呼ばれるもので、湧水や山水などを引き込んでかけ流しにしてある。2、3層に分かれ、飲料水となっている。また、場所によっては飲用のほか、野菜や食器洗いなどにも使われているそうだ。

備え付けの茶碗とは気が利いている。歩き疲れた僕は乾いた喉を潤そうと茶碗に水を汲み口を近づけた。

「アレ~?!」

そう、天気は雨である。喉が渇くどころか、頭の先からツマ先までしっかり濡れていた。僕の横を通る人から笑われている気がした。

「観光客って、コレだからなあ。雨の中ずぶ濡れで、しかも雨水の入った水舟の水を飲んでるぜ・・・」そんな声が聞こえてきそうだった。がしかし、僕は屁のツッパリ程度の根性で茶碗水を2杯一気に飲み干し、颯爽と去っていったのだった。

         ◆               ◆
 
時計を見ると、やがて12時。腹も空いてきた。郡上八幡といえば長良川。長良川といえば鵜飼い。鵜飼いといえば・・・そう、鮎だ! 単純な連想でお昼は「鮎」を食べようと決めた。

どこでいただこうか? しかし、町はどことなく閑散としていた。たしか今日は月曜日のはず・・・と思っていたら、思い出した。あの32日間踊り尽くす熱狂の“郡上踊り”が2日前に終わっていた。

♪祭りのあとのさみしさは・・・と吉田拓郎の歌じゃないが、町はひっそり閑と静かな山あいの町にもどり、しかも祭り疲れとでもいうのか、なんとなく道行く人もぼんやりしているような気がした。

こんな時こそ、とガイドブックで調べた。ちょうど今居る地点からすぐ目と鼻の先に天然鮎・うなぎを食べさせてくれる老舗の郷土料理店があるようだ。勇んで僕は向かった。

お店の名前は『魚寅』。いい名前だ。しかし、高そう! 僕の財布で大丈夫かな? でも、お昼だからそれほどはないだろう。僕は恐る恐る引き戸を開けた。

お客さんは中年女性2人連れの1組だけ。やはり祭りは終わってしまったしなあ、こんな日に来るヤツなんて酔狂者ぐらいのもんだろう。そう思いながら、僕はテーブル席についた。女中さんと板前らしき男性の声が厨房の方から聞こえてくる。

しかし、僕の来店には一向に気づいてくれない。こんな時の対処は・・・どうしたものやら。声をかけるべきか、男は黙って待つべきか・・・なんて考えることしばし。女性2人連れの料理が出来たのだろう、やっと暖簾をくぐって現れた。

すぐ横にいた僕はその突然の出現に少々驚いた(ただでさえ、どうしたらいいか悩んだいたのだから・・・こう見えて小心者なのである)。ところが、女中さんは僕がいても全く意に介さなかった。

アッ!とかアレ?とかオヤ?とか全くなし。急いで女性2人連れのテーブルにお料理を運び「お待たせしましたあ」と。戻りしなに「いらっしゃいませ。少々おまちください。オシボリお持ちします」とか何とか言って横をすり抜けると思ったが、なし。

数秒後、女中さんは現れた。「失礼しました。いらっしゃいませ」とオシボリとお茶とお品書きを置いて静かに消えて行った。安心した。さすが老舗。堂々たる応対。安心した。

観光地の老舗というと、どうしても観光客がメインとなってしまいがち。で、つい愛想などが悪くなっていたりして幻滅することが多い。しかし「失礼しました」このひとことで間違いなく美味しいものを出してくれるお店だと思った。

メニューを開く。お昼の献立はもちろん、夜用とおぼしき値段の献立も並んでいた。ちょっとビビッた。

「ここはいっちょう天然鮎と行こう!」とお品書きのページをめくった。あった!

ところが、その値段を見て驚いた。な、なんと・・・堂々とした筆文字で書かれていたのは・・・

  鮎料理 【時 価】

どうしよう。いくらか聞いてみようか。それとも・・・なにせここ『魚寅』は町なかを流れる清流吉田川の天然鮎を、漁師さんから毎日獲れ立てのものを仕入れているほどのこだわりのお店。そこの「時価」とは・・・オソロシイ! しかもここ数日、台風の影響で川は濁って、たぶん獲れていないだろうし。あ~あ、どこまでついていないんだ!

悩んだところでムリなものはムリ。というわけで次のご自慢のうなぎかアマゴにしようと考え、メニューを見直した。すると、そこにこれまた気になるメニューが・・・

  【ひつまぶし】

どういうものかは知っていた。たしか名古屋名物だったと思う。なぜか今まで食べる機会を逸していた。うなぎもオススメとガイドブックに記されていたし、よし、コレだ! 僕は女中さんに気合いを込めて注文した。

ガマン出来なくてぇ~・・・食べかけをパチリ

出てきた。うまそう! 聞けば郡上八幡は天然鮎はもちろん有名だが、うなぎもだそうだ。夏場はどうしても鮎にその座を譲るが、どちらかというとうなぎの方が有名だとか。講釈はどうでもいい。とにかく食べたい。

では、ここから「ひつまぶし」美味しい食べ方の実況報告です。

まず一杯目は、そのままいただこう。おひつの中でまぜたうなぎとご飯。それを茶碗へとよそう。ホワ~ンとうなぎの香ばしいにおいが鼻をくすぐる。ヨダレが出そうになる。思い切り口を大きく開いてお箸を運ぶ。

「・・・・・・・・・・・・!!!!」

「クゥーッ、たまらん。ウマイ。言葉が出んバイ」

ふんわりとしたうなぎ、それを包む香ばしい焦げ、ツヤツヤしたご飯・・・口の中で一体となって僕の舌の味蕾という味蕾を刺激してくる。鼻から抜けるにおいも・・・もう涙がちょちょ切れそうだった。

二杯目は、薬味(ねぎ、わさび、のり、みつ葉など)を乗せて。蒲焼とわさびの相性がこんなに良いとは・・・驚いた。新鮮な発見。わさびの爽やかさが味覚を刺激する。   

そして三杯目。「ひつまびし」ならではの食べ方がこれだ。二杯目と同じようによそった上から、おもむろに鰹と昆布仕立ての特製だし汁をかけ、うな茶漬けスタイルで。

◎×◎×◎○◎○×△×▲△▲ !!!

「ほォ~~っ! こんなにウマイとは知らなんダ」

うなぎに温かい汁を注いだら、生臭くなるのでは・・・? ノー・プロブレム! 生臭さや泥臭さは全く感じない。さっぱりした味わいにハマってしまった。当然、キモもちゃんとある。ちょこっと潰してまぜて食べた。しばし、気絶状態。

大げさに聞こえるかも知れないが、事実だから仕方がない。とにかくお腹が空いていたのもある。それにつけても「ひつまぶし」の美味さよ、だ。

気を持ち直してお新香で口直し。この繰り返しを何度も何度も・・・“最後の晩餐”は、これまではオフクロが作るゴツゴツしたカレーライスと決めていたが、どっこいコッチも負けなかったほど。

いやあ~、旅って、ホントーーに、いいもんですね♪

それにしても・・・あ~、この感動、誰かと一緒に味わいたかったなー!

そう、女中さんに伝えると、彼女いわく「長良川名物の鮎の甘露煮を添えれば、お酒がすすむこと請け合いですよ」と。

そうしたかった。そうこうなくちゃ旅はツマラナイ。和酒を扱うbar伊藤店主としては・・・しかし、無念にもお酒は注文しなかった。「ひつまぶし」だけで十分に満足してたし、お酒まで気が回らなかった・・・それほどお腹が空いていたのであった。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[12]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:03:52

【腹ごなしに水の名所散策・・・雨の郡上八幡①】2005/09/05

味の老舗『魚寅』で「ひつまぶし」をいただき、ゴキゲンになった僕は町散策としゃれこんだ。

長良川上流、吉田川と小駄良川の二本の清流が町なかを流れる郡上八幡は水の町。いたるところに水の名所があり、訪れる者を和ませてくれる。

『魚寅』からすぐの所に「やなか水のこみち」があった。8万個の玉石を敷き詰めた水辺のポケットパーク。

雨で舗道もしっとりと濡れて風情がある

この一角はまさに城下町風情を漂わせていた。(ちなみに郡上八幡は城下町としても知られ、町はずれの八幡山には白亜の名城・郡上八幡城が美しい姿を見せている。)

町の人たちの清掃管理で守られているそうだ。水舟が設けてあり、きれいな水は飲むことが出来る。町の人たちの手によるものだろう、可憐な季節の花が飾られていた。道行く観光客たちは花を愛で、喉を潤していた。

季節の花に地元の人たちの温かさが伝わる

近くには「やなか稲荷」と「おもだか家民芸館」「齋藤美術館」「遊童館」の三つの美術館・博物館(やなか三館)がある。

齋藤美術館

再び商店街を歩いていく。歴史のあるお店なのだろう、見事な店構えの商店が味気ない町並みにアクセントを与えていた。

月曜日、しかも雨ということもあり、商店街は車の往来は少なくない。小さな橋にさしかかった。下を流れる乙女川。こんな水路のような川が住んでいる近くにながれているなんて、なんてうらやましいことだろう。

水のある風景は人の心もなごませてくれる

先ほど来の雨がすこし弱くなってきた。ふと、視線を向かう方向に向けた。レトロな建物が目に飛び込んできた。「旧庁舎記念館」だ。現在は郡上八幡のビジターセンターとなっていて、昭和11年に建てられた洋風の木造建築物は国の登録文化財となっているそうだ。

当然のことながら、こうした水にまつわるところには必ず水神さまがある。旧庁舎記念館の正面の駐車場にちゃんと立派なものが祀ってあった。

その横から吉田川沿いの遊歩道に下りることができた。あいにくの天気。川の水かさは増し、しかも激流。足元のおぼつかない僕は写真だけ撮って早々に退散した。あ~、天気がよければ、もっと楽しめたのになあ~~。

夏場だと子どもたちの水泳場となるそうだ

いい日,旅立ち,あとの祭り。[13]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:02:26

【郡上おどりにお腹も踊る・・・雨の郡上八幡②】2005/09/05

奥美濃の小京都と呼ばれている郡上八幡。この町には古い町並みを残している柳町、職人町、鍛冶屋町といった一帯がある。

袖壁と紅殻格子が似合う大正時代の街並みが続いていた。

どの家もほとんど高さが同じで、しかも道路も整備されており、広い空を眺めたりしながら気持ちよく散策ができる。

面白い看板を見つけた! さて、ここは何屋さんでしょう。

正解は、「美容室」・・・だと思います。

この町の人たちは本当に自分たちの町を愛しているのだろう。道にはタバコの吸殻1本落ちてないし、当然ゴミなども。

また、家の紅殻格子には季節の花や、(たぶん町おこし運動の一環であろうが)郡上八幡を詠んだ句を書いた竹ザルがさり気なく飾ってあったりする。

水辺の名所に限らず町の民家・商店・バス停付近などあちこちにある

おっと、忘れるところだった! 郡上八幡といえば水。水といえば・・・そう、シンボルである「宗祗水(そうぎすい)」を訪れなくちゃ意味がない! 室町時代の領主、東常縁と飯尾宗祗の古今伝授の古事を伝える湧水であり、名水百選第1号。今も清冽な水がこんこんと湧き出している。

この地で庵を建てたことにちなんで名づけられた

さて、町歩きも少々疲れた。「宗祗水」の横にある石畳の坂を登りつめると、そこには郡上名物「肉桂(ニッキ)飴」を売る「桜間見屋(おうまみや)」がある。そこ店先から流れてくる、あの独得の肉桂の香りがなんとも懐かしい。ちょっと覗いてみた。

女性の店員さんが「いかがですか?試食されませんか?」と声をかけてきた。小心者の僕はどうしようかモゾモゾしていたら、老人の一団が突入。我もわれもと試食をはじめ、いつの間にか僕ははじき飛ばされてしまった。

あ~あ、あのパワー、いったいどこからくるのだろう。そうつぶやきながら試食出来なかったことにイジケながら僕は散歩を続けた。

おや? なんだろう? 先ほど見た旧庁舎記念館のような建物が目についた。近付いてみると「郡上八幡博覧館」という看板がかかっていた。

郡上八幡の魅力を楽しく展示紹介する施設だそうだ。恥ずかしい話だが、ちょうどその時、僕は“もよおしていた”のだった。イカン、水の都だからといってガブガブ水を飲み過ぎてしまっていた。たまらん! ト、トイレが・・・僕を呼んでいる。その声に逆らえず、あまり気乗りもしなかったが、仕方なく拝借するために入館した。入館料500円。まっ、いいか。

大正時代の建物をそのまま残した「郡上八幡博覧館」には郡上八幡の魅力を「水」「歴史」「わざ」「おどり」の各コーナーで展示紹介されていた。

入館者は僕を含め7,8人ほどだった。僕は真剣に見るとはなしに眺めながら順路を進んで行った。と、その時だった。館内放送で、「ただいまより、おどりのコーナーにおきまして“郡上おどり”の実演を行います。ぜひともご覧ください」とアナウンスされた。

ここでまた再び。郡上八幡といえば・・・そうだ、毎年7月上旬から32夜連続で開催される日本三大民踊のひとつ「郡上おどり」だ! 無計画ゆえ祭りの直後にやって来た僕にとって、なんとうれしいこと。急いで向かった。

替わるがわる演奏されるお囃子に合わせて「郡上おどり」も、ゆっくりしたものからスピード感あるものまで10種ある。ひとつひとつを二人の踊り子さんが実演してくれた。

その複雑さに驚いた。普通の盆踊りみたいなゆったりした踊りとはまったく違う。リズムが違う。お囃子の音と踊りのからみは複雑。こりゃ、観光客が一度や二度習ったところで出来るもんじゃないや。それにしても一糸乱れず踊る二人の踊り手さんがピタっと踊り終わると、つい立ち上がって拍手したくなるほどだ。これを夜通し朝まで踊る。しかも30日以上・・・すごいお祭りだ。

興奮冷めやらぬまま僕は博覧館を出た。雨はだいぶ小降りになっていた。頭の中では、さっき見物した「郡上おどり」のお囃子が延々と鳴り響いていた。いつか、ぜひ、本番を見てみたいものだ。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[14]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:01:45

【アテもなく旅は続く・・・雨の郡上八幡③】2005/09/05

郡上おどりの実演を見た「郡上八幡博覧館」のすぐ近くに「城下町プラザ」というお土産店を兼ねたようなバス停留所があった。僕は、これからどうしようか迷っていた。

この山あいの静かな町に一泊するものいいなあ。もしかしたら悲願の鮎料理が食べられるかも知れないし・・・いろいろ調べてみた。宿代は結構高い。しかも、町散策でわかったことだがナイトライフを楽しむほどシャレたお店は見当たらなかった。それにもまして台風接近中。ここで一泊して翌朝電車が走らなかったらどうしよう・・・???

一泊することは諦めた。それじゃどうしよう? 時計は午後1時を刺していた。これからもっと奥地まで足を伸ばして・・・エッ! ウソ? マジ?

馬鹿だった! 僕は、てっきり長良川鉄道はどこかの鉄道と連絡して日本海側へ抜けられれるものだとばかり思っていた。ア然。

仕方ない。来たルートをもどろう。時刻表で美濃太田行を調べた。時間がある。それじゃ、も少し・・・と、僕は時間潰しの散策を始めた。

しばらく歩いていると「郡上八幡の地酒」という看板を見つけた。よし、お土産でも買って行こう。町をウロウロしながら、その酒蔵を探した。すると昔ながらの店構えで、大きな看板をかかげた酒蔵が見つかった。

『積翠(せきすい)』という名のお酒を造っている。今まで聞いたこともない地酒だ。ワクワクしてきた。山あいの水のきれいなところ、しかも小さなつくり酒屋・・・こんな出合いがたまらなくうれしい。

店をのぞいてみた。誰もいない。棚にはびっしりとお酒が並べてある。奥にいるだろう店の方に声をかけることなく店内に踏み入り、いろいろ物色した。四合ビンは一種類しかない。『積翠』の本醸造原酒だけだ。壁の棚には大吟醸やら『春駒』というお酒が並んでいた。

お店の奥からおばあちゃんが現れた。先代の奥様といった感じだ。「四合ビンはこれしかないんですか?」とたずねると「ええ」と。一升ビンでも宅配すれば問題ないのだが、初めて出合ったお酒を一升ビンで、しかも大吟醸で・・・なんて無謀すぎる。僕のモットーではないが、“本醸造が旨ければ、大吟醸は推して知るべし”。僕は四合ビンの本醸造原酒を求めた。

味見はともかく。これでお客さん方にお土産はできたっと。ひと安心。さて。そろそろ電車の時間だ。急ごう。僕は足早に駅に向かった。

定刻通り、電車は郡上八幡駅のホームに入って来た。僕はいそいそ乗り込んだ。やはり乗客は少ない。まあ、少ない方がいい。1時間半、のんびり旅ができる。

電車はひとつ一つ各駅に止まって進む。ところが、だ。来た時と違い、次第に乗客が乗り込んでくるではないか。それも学生たちだ。高校生ぐらいだろうか。あっという間に車内はいっぱいになった。

のんびり・・・なんて考えた僕の期待とは裏腹に、周りには女子高生がぎっしり。こういうのは得意じゃない。とにかくウルサイ。それに若い生気とでも言おうか、若いニオイが充満してきた。

目の保養・・・なあ~んて、とんでもない! 目線を上げると女子高生。右を向いても、左を向いても女子高生。当然両隣りの席も女子高生。ちょっとでも動いたら・・・あぁ~っ!

じっと我慢のオヤジに徹している僕に対して、彼女たちときたら、おちょくっているのかと思うほどの大胆な行動に出る。真正面の娘は短いスカートの足を組んで見せる。別の娘たちは僕のことをジロジロ見ては笑っている。ホント、居たたまれない気分だ。時計を見た。あと30分。頑張れガンバレ、と僕は自分に言い聞かせた。

しかし、女子高生の青く甘酸っぱい匂いに満ちたローカル線は、懐かしさと圧倒的な若さで僕を戸惑わせた。このままどこへ。

いい日,旅立ち,あとの祭り。[15]

Category: 09.あらかじめ失われた再会 — itochan @ 18:00:55

【予期せぬ再会in京都・・・噂の日本酒バー訪問】2005/09/05

日没にはまだ少し時間があるはずなのに、まるで午後9時過ぎのようにとっぷりと暮れていた。台風接近の影響もあるのだろう。あたりは暗くなっていた。

京都。13、4年ぶりに来た。駅ビルがすっかり変わっていて、あらためて時の流れを思い知らされた。

実は郡上八幡から通勤快速的な電車を乗り継ぎながら、どこへ行こうか迷いつつ・・・結局、京都入りとなった。

長い電車移動中、気分としては「すべて忘れるために、海が見たい!」などとセンチぶるためにも日本海側へ向かい、“鳴き砂”で知られる『琴引浜』へ行こうかと考えていた。

しかし、あいにくの台風。海は荒れているだろうし、砂浜だって風雨にさらされれば鳴くはずもなし・・・と、行動しやすい京都で宿をとり、次の作戦を練ろうと考えたのだった。

さて。駅前に立ち、どうしようかと考えた。遊ぶと言ってもこの時刻だし・・・とりあえずここにいても仕方ないと歩いて四条河原町まで向かった。

無謀だった。雨は降るし、傘はないし。そぼ降る雨に打たれながらの濡れネズミ。電車での長い移動、そのうえ背負ったバッグには4合ビンの日本酒まで入っている。その歩いている後ろ姿は、まさにトホホなオヤジだっただろう。

雨の夜、こんな所を歩いている人などいるはずもない。京都は車の街だ。それにしても道が暗い。車道を走る車が雨をひいて走る。その音だけが妙に響く。昼の京都とは比べものにならないほど、ひっそりと寂しい表情をしていた。あ~、人恋しい。と叫んだところで虚しさ倍増。何も考えずトボトボと歩いて行った。

途中、五条から高瀬川沿いに木屋町通りを歩くことにした。川沿いにはシャレたレストランやカフェ/バーなどが建ち並び、川沿いに大きく開かれた窓からは高瀬川と柳の並木道が見える。そんなお店の明かりが川面に映り、すごくいい雰囲気だ。bar伊藤も、あんな風なお店だったらなあと、ついぼやきたくなった。

木屋町通りを抜けると、そこは四条河原町。さっきまでの閑静な雰囲気はどこへやら。一気に明るく賑やかになった。さすが観光地・京都の中心街だ。さて、これからどうしたものか? 行くアテなど決めずに来た僕は、繁華街の喧騒とは裏腹に寂しさを覚えた。群衆の中の孤独とでも言おうか。とりあえずアテもなく街を縦横無尽に歩いて回った。

信号待ちしていた時だった。ふと、ひらめいた。たしか、祗園の花見小路に日本酒のバーがあると聞いたことを思い出した。

今年の初め、観光で来熊された男性がbar伊藤に来られたことがあった。そのお客様は京都在住で、京都にも日本酒バーがあるよと教えてくださった。

しかし、いざ探そうにも店名をはっきりとは覚えていなかったのだ。「祗園の花見ナントカという小路」「その小路の名前に似た店名」それだけの情報しかなかった。ましてや夜の祗園。昔と違い、そうそう公衆電話があるわけでもない。ウロウロしていたら『花見小路』入り口という看板をやっと見つけた。やった!

ところが、だ。店名が問題。そこで“餅は餅屋”と、まずは酒屋を探した。そして聞いてみることにした。

「“花見小路”とかナントカいう日本酒のバーを探しているんですが・・・」

「エッ? 何? 聞いたこともないね」

「日本酒のバーなんてあるの?」

「アッ、知らない。忙しいからごめんね」

途方に暮れた。ここまで来て見つからないとは。仕方なく路地という路地を探して歩き回った。無謀なことは当然承知の上だ。路面店ならともかくビルの1室だったら、まずわからない。時間は経つ。足は重い。気も重い。もう、いいやと思っていた。

人気のない路地に入り込み、アララ道に迷っちゃったとオロオロしていた時だった。ふいっと見上げたビルに『花観酒房』の看板が・・・やっとたどり着けた!

黒いドアを開けて足を踏み入れた。店内にはお客さんはいなかった。マスターらしい痩せ型の男性が一人、カウンターの中で作業をされていた。

「いらっしゃいませ。お一人さまですか?」

「あっ、ハイ」

僕はカウンターの端、店内の一番奥の席についた。重たい荷物は足元に置き。フウッ~とひと息。オシボリとメニューが出された。僕は手を拭き、メニューを眺めながら、今日ここまでの道のりを思い出していた。へとへとに疲れていた。

「何にいたしましょうか」とマスター。

「あっ、そうですね。せっかく京都に来たんで、京都のお酒をください」

「でしたら『玉の光』ではどうでしょうか」

「いいですね」

お酒は、漆塗りのソバ猪口で出された。センスいいなあ。それに比べウチは・・・しばらく掌の中で撫で回し、じろじろ見つつ、嫉妬した。

心身ともに疲れていた僕は、『玉の光』をクイッと飲み干した。おいしい。全身からスーッと疲れが抜け、酒の精が僕の体と脳の隅から隅までを癒していくように流れて行った。

「実は熊本で和のお酒のバーをやっているんですが、今年の初め、京都からのお客さんからこちらのお店のことをうかがいまして・・・」と僕はマスターに話しかけた。

「そうですか。ありがとうございます。たぶん、それはKさんだと思います。常連さんです。たしか九州に行かれたというお話を聞いてましたから」

「そうですか。いえ、僕はあまりお客様のお名前をうかがわないんで、Kさんかどうかわかりませんが・・・お恥ずかしい話です」

そうやって自己紹介をきっかけに、日本酒選びのこと、焼酎のこと、京都という土地柄のこと、熊本という土地柄のこと・・・マスターといろんな話をさせていただいた。

そうこうしているうちに僕はホロ酔い気分になってきた。すると、ドアが開きお客様が見えた。男性お一人。常連さんらしく笑顔で挨拶をしながら席につかれた。

「そうだ、Kさん。この方に見覚えがない?」とマスター。

「えっ? mmm・・・」とKさん。

「覚えてない? 熊本のバー伊藤さん」

「ああー! 本当に来られたんですね。いやあ、懐かしいです」

「こちらこそ。おひさしぶりです。京都に来ることがあって寄らせてもらいました。でも、中々見つけるのが大変でした(笑)」

「わかりにくいですからねえ、この店は?」

「悪かったね。わかりづらくて」とマスター。

「いや、あの、その・・・★★★・・・」僕とKさんはしどろもどろになりながら、弁解しつつ顔を見合わせて大笑いした。

うれしいハプニングだった。まさかKさんとお会いできるなんて思ってもみなかった。ただでさえ、おいしい日本酒揃い。そこへ来てオーダーしていた『甘エビの麹漬け』なんぞ出てきたものだから、もう止まらない。僕は『花観酒房』のカウンターで、予想以上に杯を重ねていったのだった。

 
美酒という言葉があるが、まさにその夜のお酒は、まさしく美酒だった。お酒を飲むということは、酔うのが目的ではない。楽しい時間を過ごすための“道具”である。それは一人でもいいし、二人でもしかり。

こうして僕は京都・祗園で、予期せぬ再会に酔ってしまった。

後日、『花観酒房』のマスターからお手紙をいただいた。封筒の中には丁重なお礼文が入っていた。お店での細やかなサービスはもちろん、こうしたお心遣いには頭がさがる。今秋でお店は12年を迎えられたとのこと。名店である。bar伊藤も見習わなければ。ありがとうございます。

いろんな街に、日本酒を愛する人たちがいる。僕もそのなかの一人として、頑張ろう。

itochan@mail.magazine

Category: 03.メルマガ[伊藤通信] — itochan @ 17:10:02

こんにちは。秋らしさはどこえやらの熊本上通並木坂bar伊藤からお知らせです。

本日より「携帯電話番号ポータビリティ制度」がはじまりました。そこで、このメルマガ[伊藤通信]をご購読の方で携帯電話番号ポータビリティをお考えのお客様へお知らせです。

この制度では携帯電話番号は変わりませんが、メールアドレスは変更しなければならなくなります。そこで新アドレスでの[伊藤通信]の再登録も同時にお願いしたく存じます。

なお、再登録がご面倒という方はご連絡ください。当方で再登録させていただきます。

これからも末永くお付き合いくださいますようお願い申し上げます。

2006/10/23

オマケが本命

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 20:02:31

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/23]
【WHY SHOULD I CARE】
ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ
music by LINDA THOMPSON
lyrics by CLINT EASTWOOD,CAROLE BAYER SAGER
performed by DIANA KRALL
from the album[WHEN I LOOK IN YOUR EYES](1999)

今さら僕などがこの美女のことを紹介するなんて。ピアニスト兼ボーカリスト、ダイアナ・クラール。あのエルビス・コステロの奥方という肩書きもある。

ダイアナ・クラールの魅力。ピアニストとしての実力よりも、僕はこのアルバムを聴いた時、その落ち着いた気品のあるハスキーボイスと歌唱力にノックアウトされた。それまで存在は知っていたし、1枚だけだが実際買って持っている。しかし、これほどまでの感動はなかった。

アルバムを通して捨て曲などない。素晴らしい出来映えである。ダイアナ・クラール最初のグラミー受賞作となったことがそれを実証している。ただ、僕がこれほどまでに感動したのは、実はボーナス・トラックで収録されている『WHY SHOULD I CARE』のせいなのだ。今日の僕を最高に幸せ気分にひたらせてくれた曲である。

このボーナス・トラックのプロデュースはデヴィッド・フォスターが担当している。アルバム自体は巨匠トミー・リピューマ(曲によってはジョニー・マンデルとの共同プロデュース)。悪いはずがない。

『WHY SHOULD I CARE』はクリント・イーストウッドが制作/監督/主演の3役をつとめた映画『トゥルー・クライム』の主題歌で映画のエンディングに流れる。僕もこの映画は観た。それにしても、みごとな使い方で、押さえ気味に歌うダイアナのヴォーカルに魅了される。

作詞をクリント・イーストウッドとキャロル・ベイヤー・セイガーが担当、作曲はリンダ・トンプソン。キャロル・ベイヤー・セイガーとは懐かしい名前だ。これまた好きなシンガー・ソングライターだ。

さて、今日は一週間のはじまりの月曜日。口にしたくはないけれど、たぶんゆっくりした一日となるだろう。特に週末が忙しかったりすると、決まって明けの月曜は、こうしたもの。注文していたミルト・ジャクソンのCDがHMVから届いたし、ダイアナの歌うこの曲とともに、ゆっくり今宵は音楽鑑賞にひたるとするか。

 
追記:英語がお手上げの僕のために、誰かこの曲の訳詞を教えてくれないかなあ?

 
『WHY SHOULD I CARE』

Was there something more I could have done?
Or was I not meant to be the one?
Where's the life I thought we would share?
And should I care?

And will someone else get more of you?
Will she go to sleep more sure of you?
Will she wake up knowing you're still there?
And why should I care?

There's always one to turn and walk away
And one who just wants to stay
But who said that love is always fair?
And why should I care?

Should I leave you alone here in the dark?
Holding my broken heart
While a promise still hangs in the air
Why should I care?

2006/10/21

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 16:54:13

●先日、お店のスピーカーが欲しいということをアップしていたが、いろいろと調べていくうちに、コレかな?というモノが見つかった。

高校・大学時代は(時代もあるが)それなりにオーディオに興味を持った。しかし、なにせ高価な代物。そう簡単には買えなかった。大学に行っても先輩たちからいろいろと教えてもらったが、やはり高い。手が出ない。結局、手頃なモノで我慢するしかないという次第だった。

就職し、それなりに収入が得られるようになって。アンプだけはと当時としては無謀といえるようなモノを購入した。とにかく、まず重かった。14KGあった。しかも価格は20万円近かったと思う。それを後生大事に使っていたのだが、やはりガタが来て産業廃棄物となってしまった。その時使っていたスピーカーはマランツだったが、後輩が新しいのを買ったということでダイヤトーンDS25Bをくれたのだ。それを今日まで使っていた。しかし、なにせ1976年製。当然、寿命である。ほんでもって今回、買い換えようかと思い立ったわけである。

我が家で聴くのならいざ知らず、お店というリスニング条件があるので、単一指向性ではなく、無指向性がいいかな、と。個人的にはあまり好きなタイプの特性ではないのだが、僕が一人で聴くのではなく、お客様に満足のいく音をと考えるとこちらがベストだと考えた。そこで見つけたのがBOSE製の「125 WestBorough スピーカーシステム」。

早速、脅威の<価格.コム>で安売り相場を調べてみたら、なんと希望小売価格¥52,290(1ペア・税込み)が、¥38、754。当然、1ペア・税込み)である。3割弱の安さだ。さて、どうしよう?? そんなに余裕があるわけではないのだから・・・。しかし。。。

これまでも。これからも。

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 03:41:54

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/21]
【サヨナラCOLOR】

music by 永積タカシ(ハナレグミ)
performed by SUPER BUTTER DOG
from the single[サヨナラCOLOR / 明日へゆけ](2001)

 
 
  
僕は、これまで何回のサヨナラをしてきただろう。

そして、これから何回のサヨナラをするのだろう。

柄にもなく、そんなことを考えてしまう曲。

  
『サヨナラCOLOR』

 
 
胸を突く歌詞、心にしみてくる声。

風に吹かれた時。

スーパーで買い物を終え、見上げた空が青かった時。

ひとりでコーヒー飲んだ時。

ふっとこの曲が頭で流れるたび、ちょっとだけ悲しくなる。

でも、ちょっとだけ元気になる。
 
 
 
『サヨナラCOLOR』

 
 
「サヨナラから 始まることが たくさんあるんだよ」

君が僕に教えてくれた、いちばんの贈り物さ。

2006/10/20

ここで言い訳を・・・もう少し、待ってて

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 03:54:51

もっけから。お恥ずかしい話だが、尻切れトンボのままになっている旅日記『いい日、旅立ち、あとの祭り』の最終章だが、まだ書き上げられないでいる。もう1年をゆうに超えてしまったというのに。本当に申し訳ありません。・・・と言っても、待ち望んでいる人なんて本当にいるのだろうか? 甚だ疑問だ。

いずれにせよ僕自身としても書き上げたい。いや書き上げなければならない。内容が内容だけに。現在のところまでは、いわゆる行き当たりばっ旅の日記となっているが、旅の最終日である京都での2日目。これが最も重要なのだ。

実は最終章というか、あとがきに似た《しめくくり》は随分前にアップしてあるのだ。その部分と、これまでの部分をつなぎ合わせるところが書き上げられないでいるのである。ちなみにその《しめくくり》はコレである。
  ↓
「田村奈津子という人」
http://itochan.com/blogs/index.php?s=%E7%94%B0%E6%9D%91%E5%A5%88%E6%B4%A5%E5%AD%90&submit.x=40&submit.y=5

旅から帰り、その余韻の中で思い出した僕自身の過去。その糸をたぐり寄せて行った先で出会った一人の女性。僕の旅はそこでピリオドを打つ。

仮タイトルで『いい日、旅立ち、あとの祭り』としているが、完成したらタイトルも変える予定である。まだ未定である。年内中にはどうにかしたい。そういえば、昨年末もそんなようなことをほざいていたような気がする。

あなたのためにBARはある

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 03:03:58

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/20]
【WHEN YOUR LIFE WAS LOW】
The Song Lives On
music by JOE SAMPLE / lyrics by WILL JENNINGS
performed by JOE SAMPLE featuring LALAH HATHAWAY
from the album[THE SONG LIVES ON](1999)

ドアの鍵をおろし、カウンターの上だけ残して照明を落とす。

今日も一日が終わる。

僕はひとりカウンターに座り、一日をふり返る。

さまざまな思いを抱いて訪れた人たち。喜怒哀楽。

ひとり一人がカウンターの上に置いていった思いのかけら。

それらを片付けるのが僕の仕事。

 
明日の朝には、みんな晴々した気分になってくれてるかなあ。

 
先輩が言ってた。「BARにこそ、真実がある」って。

わかる気がする今宵、神無月二十日の午前2:40。

もし月が見えるとしたら、暁月だそうだ。

 
BARのドアは、あなたが訪れる時のために開いている。

2006/10/19

誰にも教えたくない

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 20:33:26

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/19]
【LOVE SONG】

written by LESLEY DUNCAN
performed by LANI HALL
from the album[SUN DOWN LADY](1972)

そっと引き出しの奥にしまい込んで。忘れそうになった頃に、そっと出して眺める。たとえば幼い頃の自分の写真。旅先で拾ったおまんじゅうのような白く丸い石。あの人からの最後の手紙・・・大切な宝もののように胸の奥にしまい込んでおきたい想い出。

ラニ・ホールは僕にとってそんな女性シンガーだ。この名前を知っている人はたぶん相当の音楽ファンだろう。大ヒット曲を持っているわけではないし。ただ、セルジオ・メンデス&ブラジル’66の大ヒット曲「マシュケナダ」のメイン・ヴォーカルをとっていた女性だというと、少しぐらいは増えるかな。

なにせ資料が手元にないものだから古い記憶でしか言えないが、当時A&Mレコードの創始者ハーブ・アルパートの奥さんでもある。聞くところによればラニの歌声を聴いた途端、一発で惚れてしまい、口説き落としたとか。

そして、このアルバムはハーブ・アルパートの全面プロデュース&アレンジ作品。終いには自分まで登場してラニ・ホールとデュエットをかますほどのアツアツぶりを聴かせてくれる。しかし、そうは言うものの内容の出来映えは見事のひと言。ラニ・ホールの魅力を十二分に引き出した傑作だ。

僕はラニ・ホールの声が大好きだ。ブラジル’66時代の頃には感じられなかった“大人の女性”を感じてしまう。歌のうまい歌手というわけではない。情感たっぷりに歌い上げるというわけでもない。しっとりと落ち着いた歌声の、その呼吸というか、ワンフレーズ、ワンフレーズの間に、えも言えぬ色気があるのだ。

その魅力を最も知り尽くしているのがハーブ・アルパート。とにかく選曲が見事。列記しておこう。

1. Love Song (Lesley Duncan)
2. Tiny Dancer (Elton John-Bernie Taupin)
3. How Can I Tell You (Cat Stevens)
4. You (Lani Hall)
5. Ocean Song (Liz Thorsen)
6. We Could Be Flying (Michel Colombier-Paul Williams)
7. Come Down In Time (Elton John-Bernie Taupin)
8. Sun Down (Willis Ramsey)
9. Vincent (Don McLean)
10.Wherever I May Find Him (Paul Simon)

選んだ1曲はアルバムのトップを飾る『LOVE SONG』。美しいギター・カッティングとエレピの音色に導かれるメロウ・グルーヴ。初めて聴く人でも、この1曲聴けばメロメロになってしまうに違いない。アルバム全体を心地よいアコースティック・メロウで統一されている。

で。本当はもう1曲選びたいところ。8曲目の「Sun Down」、ええ~い、9曲目の「Vincent」もオマケだ! 「Sun Down」はアメリカというグループが「マスクラット・ラブ」というタイトルでヒットさせた曲で、9曲目は以前このブログで取り上げた「アメリカン・パイ」で知られるドン・マクリーンの作品。どちらもメロディアスな逸品だ。

なかなかに色っぽいジャケットだ。これを見ると、どこか夏の海の夕暮れを感じさせなくもないが、僕は今ぐらいの季節のほうが好きだ。激しく眩しかった夏の日の想い出が、火照りとなってまだ残っている肌に、ひんやりとした秋風が冷ますように吹く頃。でも、やはりシチュエーションは海か? いや高原だな。ススキの穂が揺れる。

はじめで書いたことだが。このアルバムは滅多なことでは他人に教えない。大切な僕の宝ものなのだ。だから、聴く時も営業前か、夜明け前の店で1人で。密かな愉しみ。

残念だが、現在は廃盤状態。中古で探してみるのもいいが、たぶん高値がついているのだろう。それくらい名盤なのだ。

2006/10/18

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 20:23:09

●秋はイカン。どうもイカン。感傷的になっちゃって。でも、たぶん。みんなは「いつものことじゃん」なんて言ってるんだろうな。

なにせ、ちょっと前の僕のキャッチフレーズは「センチメンタル・シティ・ロマンス」だったんだから。

●柄にもなく運動を始めようかと思っている。ジムにでも通おうかと。人生を半世紀近く生きてくるとカラダのどこかしこにガタが出始めてくる。遅いかも知れないがカラダを鍛えようかと思うようになってきた。しかし、口先ばかりの腰の重い僕。どうなることやら・・・。

●我が家で今、ヒメダカを飼っている。睡蓮を育てようと大きな火鉢に苗を植えたのだが、そこにボウフラがわくのを阻止する目的だった。

しかし、睡蓮は中々咲かず、いつのまにやら僕とオフクロはメダカ育ての方に夢中になってきたのだ。

で、とうとう兄貴に水槽まで買って来てもらう次第。それにしても60センチという大きな水槽を買って来てくれた。メダカは9匹しかいないというのに。オフクロは「大き過ぎはせんかね」と心配していたが、「な~に、今度は金魚を買って足せばいいよ」と僕。

するとオフクロは「なんでんかんでん。太かともこまかとも一緒にいっぱい育てよう」と。考えることが派手なオフクロ。「魚にも相性があるけん、ちゃんと選ばんと魚同士で食べるとよ」と教えると、「ほお~」。相変わらずの陽気なオフクロだった。

やっぱトレイシー・ソーンだよね

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 16:13:05

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/18]
【THE LANGUAGE OF LIFE】
The Language of Life
written by BEN WATT & TRACEY THORN
performed by EVERYTHING BUT THE GIRL
from the album[THE LANGUAGE OF LIFE](1990)

深く深みを帯びたトレイシーソーンのヴォーカル。哀しげだけれどもベタベタしない。哀愁をぐっと胸の奥で押し殺している。

たとえばそれは、チェットベイカーの、あの頼りなげな歌声を聴いた時の感じに良く似ている。巧いわけじゃないけれど、どこか惹きつけられてしまう。

このアルバムはEVERYTHING BUT THE GIRL(EBTG)の諸作の中でもオーバー・プロデュースという評価で彼ららしさが消えているとあまり評価はよくない。プロデューサーは、あのAOR/ジャズ・フュージョン界では泣く子もニコリと笑わせてしまう実力者トミー・リピューマ。

ということは・・・言うまでもなくバック陣は豪華。マイケル・ブレッカーやジョー・サンプル、スタン・ゲッツ、オマー・ハキム、ジェリー・ヘイ、ラリー・ウィリアムスといったジャズ~フュージョン界の大物がゲスト参加している。

このあアルバムのサウンド。それはひとことで表現するなら<洗練されたアダルト感覚溢れるサウンド>。それは、ある意味でEBTGがそれまでやってきたサウンドとは対照的とも言える。しかし、いい出来映えだと僕は判断する。たとえ誰がなんと言おうと。それが恋人であっても、である(笑)

選んだT⑤「THE LANGUAGE OF LIFE」。アルバム・タイトル曲である。オマー・ハキムのかっこいいドラム・フィルで始まる緩やかなバラード。トレイシーの低めの憂いを含んだ声が響く。声を張り上げて歌うわけでは決してなく、抑制しながらもその情感を表現し尽くせるのは、やはり天才だ。

対照的なベン・ワットのキーの高いか細いヴォーカルが入ると、空気は一転してEBTG色に染まる。が、そこへもってジェリー・ヘイのシャレたアレンジによるホーン群が彩りを添える。たぶん、ここらへんがEBTGらしくないといわれるのであろう。ソフィスティケイトされ過ぎていると。

間奏部に入ると、また一変する。ジョー・サンプルのブルージーなピアノソロが入る。それにしてもジョーの弾くピアノは個性的だ。まったく知らずに聴いても「あっ、これはジョー・サンプルだ!」とわかる。全体のトーンを支配しているのはブラスに加えて通奏低音のように流れるシンセのサウンド。それはまるで都会=N.Y.の夜を想わせる。

昔遊んだ横浜の夜。そこへと向かう第3京浜。高速を走る時のBGMや、ホテル・ニューグランド前のネオンきらめくバンド(海岸通り)あたりをゆっくりと流している時に聴きたいものだ。

かくいう僕は、まだ営業前の、少しずつトパーズ色に染まり始める熊本は上通並木坂のビルを店の窓から眺めながら聴いている。秋色の似合う1曲でもある。

ああ~欲しい!!

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 16:08:04

とうとうというか。ついにbar伊藤のスピーカーがお釈迦になった。正しくは《あまりの音の良くさなにアクシャを打った!》というべきかも。低・高音域にはなんら問題はないのだが、いかんせん中音域がどうしようもなく出ない。奥に引っ込んでしまっている。

そのせいかお客様で音楽好きの方々から「トイレの中が一番いい音している。最高のリスニングルームだ」と。人によっては立てこもり状態となったりするのである。困ったもんだ。

玄関の階段部とトイレにはBOSEのそれほど高価ではないスピーカーを取り付けている。当然新品なのだが、これが無指向性スピーカーのためどこで聴いてもちゃんと聴こえるのである。ただ、小型のため大音量には耐えられないし、BOSE製という関係上、原音忠実ではなく、いじくられた音が鳴る。

僕個人としてはあまり好きではなかったのだが、やはりお店というシチュエーションを考えれば、リスニングルームではないのだから、大音量ではなく小さい音でクリアな方がベター。で、ガマンに我慢を重ね、ついにそれも爆発とあいなったわけだ。

が、しかし。先立つモノがない。情けないことに。買い換えたいのは山々なのだが。そこでカフェTIMELESSの松ちゃんに愚痴ったところ。「JBLでいいなら余ってますからお貸ししますよ」と。感謝、感激、雨あられだ。さっそく借りて来た。

小型のスピーカーだった。でもJBL。しかし、音量を少し上げて鳴らしてみると・・・イカン。スピーカーのコーン紙がビビるのである。営業上はたぶん問題ないだろうが、個人的に仕込み時間に聴くには困るし、やはり小さすぎて迫力がない。

ああ~、新しいスピーカーが欲しい!

2006/10/17

憶い出の町

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 20:35:47

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/17]
【憶い出の町~HER TOWN TOO】
Dad Loves His Work
written by JAMES TAYLOR
performed by JAMES TAYLOR
from the album[DAD LOVES HIS WORK~ダディーズ・スマイル](1981)

僕のお店の3軒隣りに行きつけのカフェがある。自家焙煎珈琲の「TIMELESS」。ここのマスターとは音楽好き者同士の関係で、コーヒーを飲みに行っては周囲の呆れ顔も気にすることなく、懲りもせず毎日のように音楽の話をしている。

昨日うかがった時だった。いつものようにコーヒーを飲み、スタッフの松ちゃんと世間話をくっちゃべった後、さあお店に戻ろうとした時だった。マスターが奥から現れて来て「伊藤さん。こんど時間がある時でいいから、コレをCD-Rに焼いてもらえないかな」とお願いされた。

見れば片手にLPを抱えていらっしゃる。「いいですよ。で、何ですか今度は?」と言いながらジャケットを見ると、アラ懐かしやジェイムス・テイラーの『ダディーズ・スマイル』。

「たしかJ.D.サウザーとのデュエットが入ってましたよね」
「『憶い出の町』だったかな」
「J.D.サウザーも好きなんです。いいアルバムですよね」
「ところでマスター。実は僕、コレはCDで持ってますよ。わざわざアナログから落とさなくても僕のヤツで焼きますよ。そっちの方がノイズが入らないし」
「そうしてくれるなら。それで」

ふと、向こうで仕事をしている松ちゃんの視線が気になって振り向くと、「オタクたちにはついていけんわ」と笑いながら他のお客さんに僕らのことを話している。

「何言ってんだよ。オタクじゃないよ。ジェイムス・テイラー。メジャーだよ」と僕。その横でマスターはいつものように柔らかい笑顔。僕は承りましたと言いTIMELESSをあとにした。

 
とは言ってもCDは我が家にある。明日にでも持って来て焼こうと思った。

翌日(つまり今日である)。僕は出勤時の車内でマスターに頼まれたCDを聴くことにした。プレーヤーにセットし、スイッチON。いきなり軽快なドラムの音が車内に響き渡った。

ひさしぶりだったのでどんな感じだったかすっかり忘れていた。やや太めのソフトなジェイムス・テイラーの声が一気に僕を25年以上も昔に引き戻した。

あの頃はよく大学の後輩のアパートでジェイムス・テイラーのアルバムを聴いていたなあ。二人とも大好きだった。有名な「You've Got A Friend~君の友だち」なんてよく二人して恥ずかしげもなく歌ったものだ。そしてオレはジェイムス派だ!とか、いやキャロル・キングのバージョンの方がいいだとか・・・。

後輩の住むアパートがあった東京は世田谷・三軒茶屋。僕らの青春の街だった。よく遊んだ。よく食べて飲んだ。笑った。悩んだ。泣いた街。今はもうすっかり変わってしまったんだろうな・・・。

妙にノスタルジックな気分になってしまった。あの頃の僕らは若かった。髪もフサフサだったし。それなりに将来に対して夢も持っていた。あれから25年以上の時が過ぎた。僕は東京を転々として帰郷。後輩は東京勤務から転勤して現在は仙台。妻子持ち。こちとら未だに独身。元気でいるだろうか? 1年に1、2度は連絡をとったりしてはいるものの、中々会うというまではいかない。

今日選んだT②「記憶い出の町」は、そんな僕と後輩が暮らした三軒茶屋を思い出させてくれた。いや、それよりそのきっかけをつくってくれたTIMELESSのマスターに感謝したい。ホコリにまみれていた1枚のレコード(あるいはCD)が思い出の琴線を爪弾いたのである。きっと、あなたにもそんな1枚のレコードがあるはずだ。

itochan@mail.magazine

Category: 03.メルマガ[伊藤通信] — itochan @ 17:10:02

こんにちは。10月も半ばだというのに、着る服選びに迷ってしまう昼間の陽気。熊本上通bar伊藤から美味なお知らせです。

秋の美味到着。「丹波の黒さや」をご存知ですか?兵庫県は丹波の名産「黒大豆」の枝豆のことです黒ずんだ外見とは違い、粒が大きく、糖度も高い風味豊かな枝豆です。しかもこの時期だけしか食べられない貴重なものです。

本日より酒肴のメニューに登場します。ただ、生もののため2、3日で終売となります。ぜひ、この機会にご賞味ください。ビールはもちろん、焼酎にもピッタリ。お待ちしてます。

2006/10/14

想いそれぞれ・・・

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 19:49:09

『10月はたそがれの国』という本がある。叙情詩人ブラッド・ベリの名声を確立した処女短編集だ。もうずいぶんと昔に読んだような記憶ある。だからという言い訳ではないが、内容はすっかり忘れてしまっている。我が家の本棚にその本(文庫本)があったさえ覚えていない。

このタイトルが好きだ。タイトルだけを見て、さまざまなことが頭の中に浮かんでくる。たとえばフォト&エッセイにしてみたらどうだろう。どんな情景をカメラにおさめるだろう。どんな文を綴るだろう。できれば短文のほうがいい。削って削って研ぎ澄まされた短文。それは詩とも呼べるかも知れないし、呟きかも知れない。

写真は多くを語らないほうがいい。被写体に狙いを定め、余計なものは一切外す。そうすれば見たいものが見えてくるし、伝えたいものが輪郭を現す。

文も同じだ。かつて売文業を生業としていた頃、師匠のアドバイスに「文章は形容詞から腐っていく」というのがあった。たしかに、そうだ。削って削って、必要最小限度まで削ぎ落とす。すると、伝えたいことが「なんだ、コレっぽっちか」というまでになる。意外に短いものである。

短ければ短いほど、その行間に読み手は想いを入り込ませられるのだ。“想像”と言い換えてもいいだろう。

そこへきて一枚の写真。否が応でも読み手はイマジネーションの翼を広げ、さまざまなストーリーをそこに想い描く。

昔から、1ページにも及ぶ心に残る言葉や文章というものはない。ストーリーは読み手自身が想い描くものである。

果たして僕が日々書き綴っているこのブログだが、果たして読んでくださる方はどう感じられているのだろう。たぶん多くの方が「饒舌すぎる」と思われているのだろう。昔からそうだった。「お前の文は満韓全席だ。行間に映像を浮かべる前にお腹一杯になってしまう」とよく言われた。

《もっと削れ。もっと短くしろ。そして読み手に想像させろ。今のお前の課題。そうすれば、きっとブログにコメントが残されるはずだ。》そんな師匠の言葉が聞こえてきそうだ。

ミユキちゃんねる 第25話

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 17:20:19

【愛を授かりました】

今夜、福岡での美輪さんコンサートへ行きました。
物凄い声量に圧倒され、パワーがありました。
ヒドイ音楽は『耳からウ○コを食べてあるようなもの』に大受けしました。
やっぱり美味しいもの食べたいですよね。(^_-)

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なんとも大げさなタイトルだこと! いやいやコンサート・タイトルが「L’AMOUR」だから、それにかけたのかも?

今日のミユキちゃんは美輪明宏さんのコンサートへ出かけて来たみたいだ。それにしてもこのポスターのケバいこと! まるで横尾忠則がデザインした昭和時代のポスターみたい。それともアール・デコ?

美輪さんといえば、ずいぶん昔だがインタビューしたことがある。場所は渋谷ビデオスタジオの楽屋だった。狭いその部屋でいろんなお話をうかがい、最後には端唄まで披露してくださった。美輪さんと僕の二人だけ。目を閉じ静かに聴き入ってしまった。そう、僕のためにだけに歌ってくださったのだ。感動を超えて涙があふれて来た。今は昔の話だけど・・・

さて、ミユキちゃん。どうんな感想を聞かせてくれるのだろう。待ち遠しいな。

2006/10/13

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 17:15:21

●昨日、ブログ仲間のサイトを見ていたら、こんなことが書いてあった。

『女性にとって満足のいくただ一つの運命は、幸福な結婚である』
                      (モンテルラン)

はた。どうなのだろう。しかし、男の僕としてもなんか納得してしまう格言。

●今度の日曜日は月例になりつつあるイベント「サンデー・アフタヌーン・ミュージック・シャワー」だ。今回は“思い出と共にある歌たち”と題して、ほとんど超個人的思い出選曲で攻めてみようかと。とはいえカウンター越しにラジオのDJみたく僕の思い出話をするつもりは毛頭ない。恥ずかしすぎる。

前回参加されたA嬢から「ダサいネーミング」だと酷評された「サンデー・・・」だが、これにはワケがあって。メルマガでお知らせする際に、シャレた名前にしたら、ただでさえ文字数少ないメルマガなのに、さらに説明まで加えなければならなくなるからである。言い訳がましいが事実なのだから仕方がない。もし、替るカッコいいイベント名があればご提案してください。たとえば「日曜音楽会」なんて、どう?(笑)

●当サイトの「ニュース」でお知らせしたが、今年の「鄙願」秋の酒・程々は、やはり旨い。少し熟成した感があって、1本は開栓したが、もう1本はしばらく冷蔵庫の中で寝かせてみようかと思う。「ひやおろし」ではないが、もっと旨みが増してきて飲み応えがあるかも。

●世間は厳しい現状らしい。bar伊藤がある上通り・上乃裏通り周辺でもお店を閉じられたところが数ヶ所ある。下通りエリアでも同じ状況らしい。さらにはスナックさんなどは特に多いと聞く。しかし、その一方で新しいお店も次々とオープンしていると。bar伊藤も他人事ではない。

2006/10/12

秋の『鄙願・程々』待望の入荷!

Category: 01.ニュース — itochan @ 19:52:30

焚くほどは  風がもてくる  落葉かな  (良寛)
 
 
 
待ちに待った『鄙願』秋の酒<程々(ほどほど)>が入荷した。bar伊藤の看板酒でもあるこの美禄。とにかく口にふくめば、誰もがその素晴らしさをご理解いただけると思う。

《さわりなきこと水の如し》をコンセプトに生まれたこのお酒は、大吟醸でありながらも、吟醸香といい味わいといい・・・それはまるで雪深い北国美人を連想させる楚々とした控えめさ。昨今の流行とは対極にあります。しかしながら、その味わいの奥には越後のお酒らしいしっかりとした芯の強さも併せ持っている。

「鄙願」のもうひとつの魅力は年に4回酒質(味わい)が変わること。春は「鄙願・時分の花」、夏は「鄙願・打水(うちみず)」、秋は「鄙願・程々(ほどほど)」、そして冬はスタンダードの鄙願といった具合にそれぞれの季節に合った味わいに仕上がっている。世界広しといえども四季で味を変えるお酒は他にはないと思う。bar伊藤でも、一年中切らすことなく季節ごとに、この四つの味を味わうことが出来ます。

さて。上掲した良寛さんの句だが、実は一升瓶の首にかけてあるタグに記されているものである。このタグは四季バージョンに合わせて変わり、これは<秋>のもの。

裏を見てみよう。こんなことが書かれている。

《この「程々(ほどほど)」にこそ、良寛さまの真骨頂があろうかと存じます。うますぎもせず、軽すぎもせず、なんとなく飲んでいて、なんとなく飽きず、毎日この酒さえあればいい、この酒が飲めるほどのささやかな稼ぎさえあればいい・・・そういう欲の無い酒徒のための鄙願にて候。  亭主敬白》

「程々」とはよく名付けたものだ。見回せば、経済至上主義の世の中。「もっと。もっと」の人間の思いばかりが大手を振って闊歩している。良寛さんの言葉、なんだか今の日本人に聞かせたいと思うのは僕ばかりではないはずだ。

おおっと、話がかたくなってしまった。陳謝。で、この鄙願。秋も日一日と深まっていくこの頃にこそ、秋を味わうが如く静かに頂いてもらいたいお酒である。

itochan@mail.magazine

Category: 03.メルマガ[伊藤通信] — itochan @ 18:10:02

こんにちは。秋のたそがれがこんなにも心和むものだったかなと窓からつぶやいている熊本上通並木坂bar伊藤からイベントのお知らせです。

お待ちかね! 先月に引き続き第3弾「サンデー・アフタヌーン・ミュージック・シャワー」を今週末の15日(日)に開催いたします。午後1時~5時までの音楽BAR伊藤。

今回は「センチメンタルな秋だから~メロディーズ・オブ・メモリー」と題しまして、伊藤の超個人的思い出とともにある名曲の数々を流します。ナツメロ洋楽を中心にその場でアトランダムに選曲します。ぜひ、おいでください。

2006/10/11

一枚の秋に

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 17:51:56

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/11]
【LOCKED AWAY】

When October Goes: Autumn Love Songs

written by RAYMOND GONZALEZ
performed by RAYMOND GONZALEZ & AMY MALKOFF
from the album[WHEN OCTOBER GOES:AUTUMN LOVE SONGS](1991)

少し前のことだ。イギリスに暮らすminekoさんから絵はがきが届いた。《イギリスから秋をお届けします》と記されたその絵はがきにはベイクウェルBAKEWELLという村の風景写真が印刷されていた。

どんな村なにだろうと調べてみた。イングランド中部、ミッドランドに位置し、広大なピーク国立公園Peak National Parkの中、ワイ川Wye下流にあたる村だということがわかった。そういえば絵はがきの隅に《River Wye and Bridge,Bakewell》とロケーション地が記されていた。

また、ベイクウェルはイングランド名菓ベイクウェル・プディングBakewell Pudding(ベイクウェル・タルト)で有名な村だという。僕にとっては不得意ジャンルなので詳しくは知らないが、きっとminekoさんはしっかり味わわれたに違いない。ご夫婦で小旅行で行かれたのだろうか?

 
 
《絵に描いたような美しい風景》とはこのことだろう。日本に住んでいて、こうした風景に出会うことはまずないし、第一最近の公園は見事に(?)整備されたものばかりで、正直うんざりする。手つかずの風景ってどこへ行けば見られるのだろう。

心安らぐ風景。それは何も特別なものでなくてもいい。最近の絵はがきといえば「どうだ、キレイだろ! これでもか!」というような写真が多い。僕はもっと普通でいいと思う。自然なんて、そんなもの。造られたような美を見たいとは思わない。何でもない風景にこそ、本当の美しさがあると思うのだが・・・。

絵はがきに触発されて僕はminekoさんのブログを開いてみた。すると、やはりそこには秋の風景写真がアップされていた。


photo by minekoさん

誤解を恐れずに言うと、別段とりたてて素晴らしい秋景色ではない。でも、僕はこんな写真が大好きだし、minekoさんの人柄がよく現れているような気がする。(ブログに登場するminekoさんの手料理も、見ているだけで楽しいし、食べてみたくなってしまう)

びっしりと敷き詰めたように広がる落ち葉の上には可愛らしい木の実。秋らしいダークな色調の中、ひっそりと、それでいて目を奪う若い芽が・・・その薄いピンク(藤色かな?)の若芽に生命のたくましさすら感じる。

こんな秋景色を見つけられるminekoさんの瑞々しい感性がうらやましい。ややもすると慌しい日常に埋没しかねない日本での暮らし。僕はこの写真を通してあらためてサビついて硬くなった感受性を磨かなくてはと痛感した。

何も奇をてらう必要なんてない。当たり前のことを当たり前に。見る。触れる。やる。それで十分だと。そうすれば自ずと相手側から近づいて来るのだと。季節も、風景も、人も。そういえばよくオフクロが口にすることだ。

 
 
さて。心和むイギリスの秋景色を楽しませてもらったので、こんな1曲はどうだろう。アメリカは東部、ニューイングランドの秋景色が浮かんでくるような歌だ。アルバムタイトルからしてピッタリ。『WHEN OCTOBER GOES : AUTUMN LOVE SONGS』。

CHRISTINE LAVINというアメリカ東部周辺で活躍する女性フォークシンガーがプロデュースしたこのアルバムは、有名ではないが素晴らしい才能を持つシンガーたちの歌を集めている。その中からRAYMOND GONZALEZ & AMY MALKOFFの『LOCKED AWAY』を選んだ。

本心ではどの歌でもよかった。ただ、絵はがきの写真に写し込まれている木洩れ日を見ていたら、この曲のイントロに出てくる打弦楽器ハンマーダルシマー(*1)の澄んだ美しい音色がぴったりだと思ったからだ。

秋風に揺れる木洩れ日。そのゆらゆらと揺れる樹影が川面や土の上でキラキラと輝き舞うようす。これで色づいた枯葉が舞っていたなら・・・最高にロマンティックじゃないかな。そんなシーンを思い浮かべてしまう絵はがきとブログの秋のワンシーン。

minekoさん。素敵なイギリスの秋を、ありがとうございます。お聴かせできないのが残念ですが、ぼくらのお返しです。

(*1)マルシマーとは、台形の箱に張られた弦を小さな棒のような2本のハンマーで叩き演奏する打弦楽器でピアノの原形と言われています。形状は、板状のハープと思えばいいかも。

2006/10/10

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 22:39:58

●休日明けの今日。なんだか胃がもたれる。原因不明。たぶんゆっくりしているだろうから早じまいしようかな。

2006/10/08

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 20:21:19

●正直言って、連休にお店を開けるのって意味がない! 身も蓋もない話だが・・・。

bar伊藤のお客様(この場合、常連さんを指します)は年齢的にも僕同等あるいは上の方が多い。つまり、大のオトナである。そういった方がわざわざ休日に街に出てきて、しかもお酒を飲まれるかというと・・・ご理解いただけると思う。

それじゃ開けなきゃいいじゃん。そんな声は確かにある。しかし、こんな時ぐらい1人でゆっくり出来る機会もない。というわけで音楽聴いたり、パソコンいじったりしているのである。不毛といえば不毛かも。

明日は連休最終日。当然、夜ともなればジャリん子しかいないわけで。bar伊藤も振替休日となる。何をしているかといえばオフクロ相手にテレビ観たり、ボケーっとダラダラして時間をつぶしている。明日くらいいっそのことドライブでもしようか!

2006/10/07

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 18:54:19

●今日から3連休だ。「体育の日」が10月第2週の月曜日になったのだが、どうも今ひとつ馴染めない。やはり10月10日のほうが良かったと思う。

そういえば、ラジオで「どうして《体育の日》を10月10日をやめちゃったんだろ! 今年も雨みたい。運動会がメチャクチャになっちゃうよ! 昔から10月10日は雨が降らない特異日って言ってたてしょ。もう、腹が立つわ!」だと。そうだ、特異日だ。たしかに雨に降られた記憶はあまりないな。

●明日は台風接近で延期になっていた藤崎宮秋季大祭の行事である随兵行列と馬追いが行われる。連休なのでお店は臨時営業するが、どうも気が乗らない。ここだけの話だが、僕はこのお祭りに好感を持っていない。夜には街は異常に騒がしくなるのだろうなあ。静かにお酒を飲んでいただきたいのだけれど。

●昨日は「中秋の名月」だった。天気予報では曇りで見られないかもと言っていたが、見事に期待は裏切られ、きれいな満月が見られた。くっきりとウサギの餅つき(みたいな)影も見てとれた。

子供の頃、僕の住む町内ではオトナたちがススキや食べ物、お酒を用意して月見の宴を開いていた。僕ら子供たちは綱引きをやった。

直径20センチ近くある手で編んだワラの綱。僕のオヤジを中心に町内の男たちが集まり何日もかけて一生懸命に編んだ巨大な綱。それを10数人の男女混成の子供らがワッショイワッショイと引き合った。いつからか中秋の名月の綱引きは止めてしまった。引く子供の数が減ったことも一因。大人たちも面倒になってきたというのも理由にあるらしい。寂しいかぎりだ。

で。今年のみごとな満月を携帯のカメラで撮ろうと思った。しかし、予想通り、どうしても巧く撮れない。これじゃ、まるで電球を撮ったみたいだな! ガクッ(涙)

秋桜と春桜

Category: 04.こんな僕でよかったら — itochan @ 18:28:07

tamiちゃんから、こんな秋景色見つけた!と写メールが届いた。開いて見ると、あらまあ!であった。

こんばんは! タイトルは「2007スプリングコレクション」。

これって先取り? それとも乗り遅れ? 写真には入ってないけど木の根元には秋桜が満開!

そうだ、秋桜と春桜のコラボです!

itochan@mail.magazine

Category: 03.メルマガ[伊藤通信] — itochan @ 18:10:02

こんにちは。秋の3連休の初日。人もにぎやかな熊本上通並木坂bar伊藤から営業のご案内です。

連絡が遅れましたが、月曜日が祝日「体育の日」のため、明日の日曜日は営業いたします。営業時間は平常通りの午後7時~翌2時。なお、月曜日は振替店休でお休みいたします。

秋は行楽シーズン。昼間はおでかけ、夜は・・・旨い和酒と、いつもの笑顔で、お待ちしております(笑)

2006/10/04

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 20:02:26

●同じことの繰り返しのような毎日。でも、毎日、一度たりとも同じことは起こらない。お客様がいらして。席に着かれる。オシボリをお出しする。ご注文をうかがう。お出しする。・・・な~んだ、同じじゃないか。そう思うなら思えばいい。一度たりとも同じ日は、ない。お月さんだって、そうじゃないか。

●10月である。このところゆっくりしているので日頃聴けなかったレコードを流したりしている。懐かしい音。スクラッチ・ノイズが聞こえる塩ビ盤。CDにはない柔らかく温かい音。ジャケットのクレジットを読む。手に入れた時には気づかなかったことに気づく。

・・・あれからどれくらいの歳月が経ったのだろう。酒歴と同じように音歴というものもある。さまざまな国の、さまざまな言語のさまざまなジャンルの音楽を聴き続けてくるうちに、僕もずいぶんと音歴を重ねてきたんだと実感する。

世界には、それこそ奥単位を超える数の音楽(音盤)がある。そして今も次から次へと生まれている。僕は死ぬまでに果たしてどれだけの音楽と出合うことが出来るのだろう。それは「出合いの数」である。僕の血となり肉となっている、かけがえのない素敵なモノたち。

●秋の阿蘇へ行きたいと思う。早くしないと霧のシーズンとなって、僕なんかの運転下手には到底難しくなる。昼間だけならともかく、やはりどこか眺めのいい、美味しいお店で食事もしたいし・・・誰か行こうよ! 誘ってよ!

2006/10/03

夜空を仰いで

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 16:29:01

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/03]
【月のあかり】
いきのね
words by 下田逸郎 / music by 桑名正博
performed by 下田逸郎と内田勘太郎
from the album[いきのね](1998)

このところ夜空が素敵だ。雲もすくなく、星がきれいに見える。大好きなオリオン座もはっきりとそのカタチを現してくれる。オリオン座のまん中の明るい星は願い星。毎晩、僕は特別何かを願うわけでもなく、ただぼんやりと眺めている。虫の音以外は聞こえない静かな秋の夜の、僕の密かな愉しみ。

今年の中秋の名月は10月6日。つまり今週の金曜日である。どれ、お天気はと週間天気予報を見るとあまり芳しくない。どうやら曇りのようである。ここ数日、いいお天気が続いていたのに、せっかくなら中秋の名月まで続いて欲しいものだ。

さて、毎日家に帰り着く時間はだいたい3時半頃だ。その時刻だとちょうど南東の空にオリオン座が見える。僕は毎日それを見上げては「きれいだなあ」と繰り返してしまう。本当に好きな星座だ。というよりも他の星座はあまりにもカタチが判りにくくてオリオン座が一番わかりやすいからだろう。他では北斗七星ぐらいだ。

ふと思えば、その時刻。僕は月を見た覚えがない。たぶん、方角的に逆なのかも知れない。車を置いて、くるりとカラダを回して我が家へと向かう。ほとんど南東と北東ぐらいしか見ないからか? 今夜はちょっと道を変えて月が出ているか見てみよう。それにしても午前4時前に僕はいったい何をしようとしているのだろう。ややもするとお巡りさんに職務質問されかねないな(笑)

選んだ『月のあかり』は桑名正博の歌で知られる名曲である。好きな歌だし、桑名正博も大好きなミュージシャンだ。彼の歌声は、男の僕が聴いてもたまらなくセクシーである。その名曲の共作者である下田逸郎(作詞担当)のヴァージョン。

しかも、下田のヴォーカル&ギターと内田勘太郎のギターのみの演奏。それゆえ、朴訥な下田のヴォーカルが、内田の情感あふれるギターに乗ってとても心地よく聴こえてくる。そして下田自身の歌詞ということもあって、とてもリアルに響いてくる。

『月のあかり』は、男から愛する女への歌。秋の夜長にこんなしんみりと響く歌を聴きながら、窓から満月を眺める・・・なんてロマンティック。ただし、僕は営業中。悔しいが、仕方がない。トホホ(涙)

2006/10/02

itochan@mail.magazine

Category: 03.メルマガ[伊藤通信] — itochan @ 17:10:02

こんにちは。昼と夜の寒暖の差が小さくなるにつれて秋らしさを感じる熊本上通並木坂bar伊藤からお知らせです。

突然ですが、あなたのとっておきの秋景色を教えてください。題して「三ツ星の秋景色」。熊本に限らず全国、さらには海外・・・どこでもかまいません。もうこれ以上の秋景色は出会ったことが無いという場所を募集します。

ぜひ、とびっきりの秋景色を皆さんに教えてあげてください。お寄せいただいた情報はbar伊藤のホームページにてご紹介します。

このメルマガ[伊藤通信]のアドレスに返信してくだされば届きます。たくさんの情報をお待ちしてます。

Category: 05.明日晴れるかな — itochan @ 16:59:01

●ゲゲッ、もう10月だ!

●メルマガ[伊藤通信]の読書の方々に「三ツ星の秋景色」を募集しようと思う。さて、どこの、どんな愛景色を教えてくださるやら。楽しみだ。

僕の場合、そうだな~阿寒湖畔かな。確か10月に行ったと記憶するが、とにかく湖上を渡ってくる風の冷たいこと。夜ともなればダウンを着込んだほどだ。そう、阿寒湖まりも祭りの取材だった。神秘的な祭りで、夜は打ち上げはアイヌの人たちにまじってお酒を飲んだ。とにかく勇壮な打ち上げだったことを覚えている。取材に際していろいろとお世話になった床ヌプリさんはお元気だろうか?

じんわりと男の歌を

Category: 50男のモンドリズム — itochan @ 16:53:20

■■A Day In The Life・・・
■■きょうの僕を幸せ気分にしてくれた1曲

[2006/10/02]
【MAKING A WAY】

ロッド・テイラー

written by ROD TAYLOR
performed by ROD TAYLOR
from the album[ROD TAYLOR](1973)

正しくは昨夜聴いたアルバムだ。ひさしぶりに昔々の音が恋しくなった。ホコリ臭くて、ドタンバタンとしていて、「洗練」の「せ」の字なんてこれっぽっちもない、そんな古いアメリカの片田舎の酒場でも似合いそうな、そんな男の歌がひさしぶりに聴きたくなった。

このアルバムは大阪にある中古レコード店(通販専門)で購入したものである。80年代後半あるいは90年代のはじめだったと思う。まったく知らないアメリカのシンガー・ソングライターのデビュー盤である。名前すら聞いたこともないのによく購入を決めたなあと思われるだろうが、そのお店の主が「これは最高です! もし、気に入らなければ売価と同じ値段で引き取りますよ。それくらいいいですし、なかなか手に入らないものですよ」と言われ、ついに財布のヒモを緩めた次第である。

で、どうだったか。ジャケットから用心深く黒盤を引き出し、ターンテーブルへ。きれいにゴミをふき取り、さあ針を落とす。緊張する瞬間。しぼり出すようなシャガレ声が流れ出す。オオッと期待感が増す。イケるかも。それにしても渋いなあ。

サウンドはスワンプ・ロックの潮流の中に位置する。この当時、これ以上の豪華さがあるだろうかと言えるような参加ミュージシャン。ジェシ・エド・デイヴィス、ジョニ・ミッチェル、ボニー・ブラムレット、ライ・クーダー、アンドリュー・ゴールド、リー・スカイラー、ジム・ケルトナー、ラス・カンケル、ラリー・ネクテル、ビル・ペイン、ジム・ホーン、アーニー・ワッツなどなど。個々のプレイヤーが奏でる最高の演奏が、ハーモニーとなり、ロッドの凄味のあるヴォーカルを引き立てている。

セールス的には惨憺たるものだったという、このアルバム。すぐに市場から姿を消していった。そして、一部の音楽ファンの間では「幻の一枚」とさえ言われるほどになっていた。このアルバムが再評価されたのが、25年近く経った1998年。名盤探検隊なるシリーズで奇跡のCD化されたのである。

懐かしさも手伝って。僕は何度も繰り返して聴いた。僕の音楽遍歴は、このロッド・テイラーのようなアメリカン・シンガー・ソングライターの音楽から始まった。ホコリっぽい、時としてカントリーやフォークっぽい、スカスカしたアコースティック・サウンドにのせてアメリカの風景や男と女の物語、そして現実などをテーマに歌う。2006年の今、これらを聴いて感動する者は、きっと僕みたいなオジサンぐらいだろう。

選んだT⑤『MAKING A WAY』。職を転々としながら各地を放浪し、その道程で育んだ感性を詩に託して歌い上げたロッド・テイラー。詩人としての側面も持つだけあって、この歌の歌詞もしみる。

 
ナイフに人は命を託し
歌と武器を引き換えにする
追い求める心は痛む心
それを抱いた心は間違ってはいない

(中略)

オレは世の中の流れのなかにひとつの道を切り開こうとしてる
世の中の流れのなかにひとつの道を切り開こうとして
なんとかやり遂げる道をひらこうとして
進んでいくんだ それはつらいことだけど

(対訳:沼崎敦子)

 
秋の夜長。こんな僕も少しだけ人生なんてものを考えたりするのです。

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