【祭りの後の寂しさは・・・ひつまぶしで。郡上八幡①】2005/09/05
郡上八幡駅に降り立った僕を待ち受けていたのは、雨だった。
構内に置かれていた観光マップで確認しながら、僕は町なかまで歩こうと決めた。たぶん15分程度だろうと。しかし、傘はない。はて、どうしたものか? どこかで買おうかと思ったが駅前周辺を見渡しても、気持ち程度のお土産を置いている酒屋さんしか見当たらない。しかたない。それほど強い雨じゃないし、濡れて行こう。
勇んで飛び出したまではよいが、思ったより雨は本降り、行き当たりばったりの旅行者には冷たい雨だった。僕は、しょぼくれながら家々の軒を伝うようにして中心街へと向かった。
途中、美容室があり、その日は休日らしく明かりは付いていなかった。ふと、何気なく玄関ドアを見ると傘立てに一本の傘が・・・NICE! コレを一時的に借りよう。帰る時に返せばいいや。そして僕はそのライトブルーのビニール傘を失敬した。
ところが、である。傘を開いてわかったのだが、壊れていた。円形に開くはずのビニールが半分ほど骨から外れている。つまり開くと半月状態しかないのだ。これまた愕然。悪いことは出来ないもんだと反省し、そっと元の位置に返して僕は濡れネズミになって歩いて行くことにしたのだった。
◆ ◆
郡上八幡--どうしても一度は訪れたかった町。メディアなどでよく紹介される町だが、僕は“水がきれいで、踊りが有名な町”程度の情報しか持たなかった。
ただ、なんとなく・・・そう、「ぐじょうはちまん」という言葉の響きと、水と踊りの小さな町というロマンティックなイメージにひかれていた。

あてもなく町をぶらぶら歩いていると、あちこちで清らかな水が湧いているのがわかる。
町なかで不思議なものに出くわした。木と銅板で作られた水槽のようなものがある。“水舟”(↑写真)と呼ばれるもので、湧水や山水などを引き込んでかけ流しにしてある。2、3層に分かれ、飲料水となっている。また、場所によっては飲用のほか、野菜や食器洗いなどにも使われているそうだ。
備え付けの茶碗とは気が利いている。歩き疲れた僕は乾いた喉を潤そうと茶碗に水を汲み口を近づけた。
「アレ~?!」
そう、天気は雨である。喉が渇くどころか、頭の先からツマ先までしっかり濡れていた。僕の横を通る人から笑われている気がした。
「観光客って、コレだからなあ。雨の中ずぶ濡れで、しかも雨水の入った水舟の水を飲んでるぜ・・・」そんな声が聞こえてきそうだった。がしかし、僕は屁のツッパリ程度の根性で茶碗水を2杯一気に飲み干し、颯爽と去っていったのだった。
◆ ◆
時計を見ると、やがて12時。腹も空いてきた。郡上八幡といえば長良川。長良川といえば鵜飼い。鵜飼いといえば・・・そう、鮎だ! 単純な連想でお昼は「鮎」を食べようと決めた。
どこでいただこうか? しかし、町はどことなく閑散としていた。たしか今日は月曜日のはず・・・と思っていたら、思い出した。あの32日間踊り尽くす熱狂の“郡上踊り”が2日前に終わっていた。
♪祭りのあとのさみしさは・・・と吉田拓郎の歌じゃないが、町はひっそり閑と静かな山あいの町にもどり、しかも祭り疲れとでもいうのか、なんとなく道行く人もぼんやりしているような気がした。
こんな時こそ、とガイドブックで調べた。ちょうど今居る地点からすぐ目と鼻の先に天然鮎・うなぎを食べさせてくれる老舗の郷土料理店があるようだ。勇んで僕は向かった。

お店の名前は『魚寅』。いい名前だ。しかし、高そう! 僕の財布で大丈夫かな? でも、お昼だからそれほどはないだろう。僕は恐る恐る引き戸を開けた。
お客さんは中年女性2人連れの1組だけ。やはり祭りは終わってしまったしなあ、こんな日に来るヤツなんて酔狂者ぐらいのもんだろう。そう思いながら、僕はテーブル席についた。女中さんと板前らしき男性の声が厨房の方から聞こえてくる。
しかし、僕の来店には一向に気づいてくれない。こんな時の対処は・・・どうしたものやら。声をかけるべきか、男は黙って待つべきか・・・なんて考えることしばし。女性2人連れの料理が出来たのだろう、やっと暖簾をくぐって現れた。
すぐ横にいた僕はその突然の出現に少々驚いた(ただでさえ、どうしたらいいか悩んだいたのだから・・・こう見えて小心者なのである)。ところが、女中さんは僕がいても全く意に介さなかった。
アッ!とかアレ?とかオヤ?とか全くなし。急いで女性2人連れのテーブルにお料理を運び「お待たせしましたあ」と。戻りしなに「いらっしゃいませ。少々おまちください。オシボリお持ちします」とか何とか言って横をすり抜けると思ったが、なし。
数秒後、女中さんは現れた。「失礼しました。いらっしゃいませ」とオシボリとお茶とお品書きを置いて静かに消えて行った。安心した。さすが老舗。堂々たる応対。安心した。

観光地の老舗というと、どうしても観光客がメインとなってしまいがち。で、つい愛想などが悪くなっていたりして幻滅することが多い。しかし「失礼しました」このひとことで間違いなく美味しいものを出してくれるお店だと思った。
メニューを開く。お昼の献立はもちろん、夜用とおぼしき値段の献立も並んでいた。ちょっとビビッた。
「ここはいっちょう天然鮎と行こう!」とお品書きのページをめくった。あった!
ところが、その値段を見て驚いた。な、なんと・・・堂々とした筆文字で書かれていたのは・・・
鮎料理 【時 価】
どうしよう。いくらか聞いてみようか。それとも・・・なにせここ『魚寅』は町なかを流れる清流吉田川の天然鮎を、漁師さんから毎日獲れ立てのものを仕入れているほどのこだわりのお店。そこの「時価」とは・・・オソロシイ! しかもここ数日、台風の影響で川は濁って、たぶん獲れていないだろうし。あ~あ、どこまでついていないんだ!
悩んだところでムリなものはムリ。というわけで次のご自慢のうなぎかアマゴにしようと考え、メニューを見直した。すると、そこにこれまた気になるメニューが・・・
【ひつまぶし】
どういうものかは知っていた。たしか名古屋名物だったと思う。なぜか今まで食べる機会を逸していた。うなぎもオススメとガイドブックに記されていたし、よし、コレだ! 僕は女中さんに気合いを込めて注文した。

出てきた。うまそう! 聞けば郡上八幡は天然鮎はもちろん有名だが、うなぎもだそうだ。夏場はどうしても鮎にその座を譲るが、どちらかというとうなぎの方が有名だとか。講釈はどうでもいい。とにかく食べたい。
では、ここから「ひつまぶし」美味しい食べ方の実況報告です。
まず一杯目は、そのままいただこう。おひつの中でまぜたうなぎとご飯。それを茶碗へとよそう。ホワ~ンとうなぎの香ばしいにおいが鼻をくすぐる。ヨダレが出そうになる。思い切り口を大きく開いてお箸を運ぶ。
「・・・・・・・・・・・・!!!!」
「クゥーッ、たまらん。ウマイ。言葉が出んバイ」
ふんわりとしたうなぎ、それを包む香ばしい焦げ、ツヤツヤしたご飯・・・口の中で一体となって僕の舌の味蕾という味蕾を刺激してくる。鼻から抜けるにおいも・・・もう涙がちょちょ切れそうだった。
二杯目は、薬味(ねぎ、わさび、のり、みつ葉など)を乗せて。蒲焼とわさびの相性がこんなに良いとは・・・驚いた。新鮮な発見。わさびの爽やかさが味覚を刺激する。
そして三杯目。「ひつまびし」ならではの食べ方がこれだ。二杯目と同じようによそった上から、おもむろに鰹と昆布仕立ての特製だし汁をかけ、うな茶漬けスタイルで。
◎×◎×◎○◎○×△×▲△▲ !!!
「ほォ~~っ! こんなにウマイとは知らなんダ」
うなぎに温かい汁を注いだら、生臭くなるのでは・・・? ノー・プロブレム! 生臭さや泥臭さは全く感じない。さっぱりした味わいにハマってしまった。当然、キモもちゃんとある。ちょこっと潰してまぜて食べた。しばし、気絶状態。
大げさに聞こえるかも知れないが、事実だから仕方がない。とにかくお腹が空いていたのもある。それにつけても「ひつまぶし」の美味さよ、だ。
気を持ち直してお新香で口直し。この繰り返しを何度も何度も・・・“最後の晩餐”は、これまではオフクロが作るゴツゴツしたカレーライスと決めていたが、どっこいコッチも負けなかったほど。
いやあ~、旅って、ホントーーに、いいもんですね♪
それにしても・・・あ~、この感動、誰かと一緒に味わいたかったなー!
そう、女中さんに伝えると、彼女いわく「長良川名物の鮎の甘露煮を添えれば、お酒がすすむこと請け合いですよ」と。
そうしたかった。そうこうなくちゃ旅はツマラナイ。和酒を扱うbar伊藤店主としては・・・しかし、無念にもお酒は注文しなかった。「ひつまぶし」だけで十分に満足してたし、お酒まで気が回らなかった・・・それほどお腹が空いていたのであった。