いい日,旅立ち,あとの祭り。[15]
【予期せぬ再会in京都・・・噂の日本酒バー訪問】2005/09/05
日没にはまだ少し時間があるはずなのに、まるで午後9時過ぎのようにとっぷりと暮れていた。台風接近の影響もあるのだろう。あたりは暗くなっていた。
京都。13、4年ぶりに来た。駅ビルがすっかり変わっていて、あらためて時の流れを思い知らされた。
実は郡上八幡から通勤快速的な電車を乗り継ぎながら、どこへ行こうか迷いつつ・・・結局、京都入りとなった。
長い電車移動中、気分としては「すべて忘れるために、海が見たい!」などとセンチぶるためにも日本海側へ向かい、“鳴き砂”で知られる『琴引浜』へ行こうかと考えていた。
しかし、あいにくの台風。海は荒れているだろうし、砂浜だって風雨にさらされれば鳴くはずもなし・・・と、行動しやすい京都で宿をとり、次の作戦を練ろうと考えたのだった。
さて。駅前に立ち、どうしようかと考えた。遊ぶと言ってもこの時刻だし・・・とりあえずここにいても仕方ないと歩いて四条河原町まで向かった。
無謀だった。雨は降るし、傘はないし。そぼ降る雨に打たれながらの濡れネズミ。電車での長い移動、そのうえ背負ったバッグには4合ビンの日本酒まで入っている。その歩いている後ろ姿は、まさにトホホなオヤジだっただろう。
雨の夜、こんな所を歩いている人などいるはずもない。京都は車の街だ。それにしても道が暗い。車道を走る車が雨をひいて走る。その音だけが妙に響く。昼の京都とは比べものにならないほど、ひっそりと寂しい表情をしていた。あ~、人恋しい。と叫んだところで虚しさ倍増。何も考えずトボトボと歩いて行った。

途中、五条から高瀬川沿いに木屋町通りを歩くことにした。川沿いにはシャレたレストランやカフェ/バーなどが建ち並び、川沿いに大きく開かれた窓からは高瀬川と柳の並木道が見える。そんなお店の明かりが川面に映り、すごくいい雰囲気だ。bar伊藤も、あんな風なお店だったらなあと、ついぼやきたくなった。
木屋町通りを抜けると、そこは四条河原町。さっきまでの閑静な雰囲気はどこへやら。一気に明るく賑やかになった。さすが観光地・京都の中心街だ。さて、これからどうしたものか? 行くアテなど決めずに来た僕は、繁華街の喧騒とは裏腹に寂しさを覚えた。群衆の中の孤独とでも言おうか。とりあえずアテもなく街を縦横無尽に歩いて回った。
信号待ちしていた時だった。ふと、ひらめいた。たしか、祗園の花見小路に日本酒のバーがあると聞いたことを思い出した。
今年の初め、観光で来熊された男性がbar伊藤に来られたことがあった。そのお客様は京都在住で、京都にも日本酒バーがあるよと教えてくださった。
しかし、いざ探そうにも店名をはっきりとは覚えていなかったのだ。「祗園の花見ナントカという小路」「その小路の名前に似た店名」それだけの情報しかなかった。ましてや夜の祗園。昔と違い、そうそう公衆電話があるわけでもない。ウロウロしていたら『花見小路』入り口という看板をやっと見つけた。やった!
ところが、だ。店名が問題。そこで“餅は餅屋”と、まずは酒屋を探した。そして聞いてみることにした。
「“花見小路”とかナントカいう日本酒のバーを探しているんですが・・・」
「エッ? 何? 聞いたこともないね」
「日本酒のバーなんてあるの?」
「アッ、知らない。忙しいからごめんね」
途方に暮れた。ここまで来て見つからないとは。仕方なく路地という路地を探して歩き回った。無謀なことは当然承知の上だ。路面店ならともかくビルの1室だったら、まずわからない。時間は経つ。足は重い。気も重い。もう、いいやと思っていた。
人気のない路地に入り込み、アララ道に迷っちゃったとオロオロしていた時だった。ふいっと見上げたビルに『花観酒房』の看板が・・・やっとたどり着けた!
黒いドアを開けて足を踏み入れた。店内にはお客さんはいなかった。マスターらしい痩せ型の男性が一人、カウンターの中で作業をされていた。

「いらっしゃいませ。お一人さまですか?」
「あっ、ハイ」
僕はカウンターの端、店内の一番奥の席についた。重たい荷物は足元に置き。フウッ~とひと息。オシボリとメニューが出された。僕は手を拭き、メニューを眺めながら、今日ここまでの道のりを思い出していた。へとへとに疲れていた。
「何にいたしましょうか」とマスター。
「あっ、そうですね。せっかく京都に来たんで、京都のお酒をください」
「でしたら『玉の光』ではどうでしょうか」
「いいですね」
お酒は、漆塗りのソバ猪口で出された。センスいいなあ。それに比べウチは・・・しばらく掌の中で撫で回し、じろじろ見つつ、嫉妬した。
心身ともに疲れていた僕は、『玉の光』をクイッと飲み干した。おいしい。全身からスーッと疲れが抜け、酒の精が僕の体と脳の隅から隅までを癒していくように流れて行った。
「実は熊本で和のお酒のバーをやっているんですが、今年の初め、京都からのお客さんからこちらのお店のことをうかがいまして・・・」と僕はマスターに話しかけた。
「そうですか。ありがとうございます。たぶん、それはKさんだと思います。常連さんです。たしか九州に行かれたというお話を聞いてましたから」
「そうですか。いえ、僕はあまりお客様のお名前をうかがわないんで、Kさんかどうかわかりませんが・・・お恥ずかしい話です」
そうやって自己紹介をきっかけに、日本酒選びのこと、焼酎のこと、京都という土地柄のこと、熊本という土地柄のこと・・・マスターといろんな話をさせていただいた。
そうこうしているうちに僕はホロ酔い気分になってきた。すると、ドアが開きお客様が見えた。男性お一人。常連さんらしく笑顔で挨拶をしながら席につかれた。
「そうだ、Kさん。この方に見覚えがない?」とマスター。
「えっ? mmm・・・」とKさん。
「覚えてない? 熊本のバー伊藤さん」
「ああー! 本当に来られたんですね。いやあ、懐かしいです」
「こちらこそ。おひさしぶりです。京都に来ることがあって寄らせてもらいました。でも、中々見つけるのが大変でした(笑)」
「わかりにくいですからねえ、この店は?」
「悪かったね。わかりづらくて」とマスター。
「いや、あの、その・・・★★★・・・」僕とKさんはしどろもどろになりながら、弁解しつつ顔を見合わせて大笑いした。
うれしいハプニングだった。まさかKさんとお会いできるなんて思ってもみなかった。ただでさえ、おいしい日本酒揃い。そこへ来てオーダーしていた『甘エビの麹漬け』なんぞ出てきたものだから、もう止まらない。僕は『花観酒房』のカウンターで、予想以上に杯を重ねていったのだった。
美酒という言葉があるが、まさにその夜のお酒は、まさしく美酒だった。お酒を飲むということは、酔うのが目的ではない。楽しい時間を過ごすための“道具”である。それは一人でもいいし、二人でもしかり。
こうして僕は京都・祗園で、予期せぬ再会に酔ってしまった。
後日、『花観酒房』のマスターからお手紙をいただいた。封筒の中には丁重なお礼文が入っていた。お店での細やかなサービスはもちろん、こうしたお心遣いには頭がさがる。今秋でお店は12年を迎えられたとのこと。名店である。bar伊藤も見習わなければ。ありがとうございます。
いろんな街に、日本酒を愛する人たちがいる。僕もそのなかの一人として、頑張ろう。
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